残酷なる君へ
海鳴ねこ
プロローグ
拝啓、正義の味方様
どうか私達の世界を助けて下さい。
私達の世界は今、世にも恐ろしい悪に苛まれ、誰もが恐怖に怯え暮らしています。
毎日が辛くて苦しくて仕方が無いのです。
罪もない人々が毎日死んでいくのです。
貴方が、世界を救った
そうぞ、私たちの世界を救ってください。
0
血潮のような色合いが混ざる黒々とした暗雲。
崩れ朽ちた黒曜の城跡の前で、ブレイル・ホワイトスターは剣を握りしめた。
彼が纏うは白銀の甲冑。金の鮮やかな模様が刻まれた鎧は、光を帯び赫に染め上げる。
握りしめた剣も同じ。竜の紋章が刻まれた銀色の刀身はおどろおどろしい程に血の色に染まりあがり、しかしてその剣は淡い金色の光に包まれ、恐ろしい色合いの
その対比する二つは何と美しき事か。
今この場にいたモノ達は皆固唾を呑み、見惚れていた事だろう。
そんな
額を流れ落ちる汗など気にすることも無く、《魔王》と呼ばれ恐れられた存在に、最後の一撃を加えるべく輝かしい聖剣を振り上げる。
「――何か、最後に言い残す事はあるか?」
コレで最後だ。
振り下ろす前の、終焉の問いかけ。
彼の問いに、《魔王》と呼ばれた男は何も答える事無く。
ただ、赤い口元を吊り上げ笑みを讃えた。
――白金の刃が鮮血を飛ばす。
魔王の最後を、ブレイルは目を逸らすことなく見つめ、その血潮を浴びて初めて鎧を赤く染め上げる。
息絶えた男の前で彼は思う、これまでの旅路を。この最後の戦いを。仲間と共に戦ったこの日々を、掛け替えのない刹那の日々を、彼は決して忘れない。
少年は、高らかに輝く剣を空へと掲げた。
それはこの長い戦いの終わりを告げる合図。
聖剣は光を抱きて、暗雲を貫く一柱を天高く上げる。
彼と共に旅を続けた猛者たちは、傷ついた身体を抱えつつも掲げられた剣を見上げ、長い旅路に終わりが来たのだと笑みを浮かべ。そして、生まれ落ちた新たな英雄に誇りと賛美を湛え、コレから待ち受ける幸福に胸を躍らせ、彼を讃えるのだ。
自身を輝かす光の中心で、ブレイルは笑う。
やり切ったと言う心の底からの笑みを、人懐っこいカラリとした満面の笑みを。
信頼できる仲間たちに向け、堂々と足る姿で、胸を張るのである。
ああ、まさに今。
勇者ブレイルは、この世に誕生した。
「――なんて、すばらしい!!」
そんな光溢れる感動の中、感極まるかの如く声が一つ。
勇者は聖剣を下ろし、彼の仲間たちも顔を上げる。
その視線は、暗雲を破り顔を出した太陽の中。
輝かしい光の中に、その人物は存在していた。
白絹のような艶やかな長い髪。
血の気が無い真雪のような肌。
瞳は細く柔らかに優しさを湛えたアメジスト。
薄い唇に物腰柔らかな笑みを讃えた、美しい男が一人。
太陽の光の中と言うのだから、宙に浮いて。拍手を浴びせながら、勇者を見下ろしている。
「――誰だ、貴様は!」
最初に声を上げたのは、勇者の仲間の一人である魔法使い。
ラスクと言う男であった。
長い黄緑の髪を後ろで一に縛り上げ白いローブを纏った彼は、その端整な顔立ちを歪ませ、灰色の瞳に
至極当然かもしれない。
《魔王》と言う絶対的な悪を滅ぼした後に、唐突に見目麗しい、どう見ても人間ではない未知なる存在が現れ、賛美を送って来たのだ。敵視しても致し方が無い。
むしろ、魔王と言う存在を打ち破って間もないからこそ、現れた男は余りに怪しい。
ラスクだけでない。戦士も、回復魔術師も、
勝利から一転、その場は一瞬にして殺気立つ緊迫感に包まれたのだ。
その場にいる全員から敵意を向けられた男は一瞬にして物悲し気な表情となる。
音も無く彼はブレイルの前へと降り立ち、勇者は間髪容れず男に剣を向けた。
「何者だ、お前は!」
同時に怒鳴りにも似た問いを一つ。
そんな勇者の威嚇にも臆することなく、美しい男は笑みを湛え、手を広げた。
「こんにちは。勇者様」
まずは、冒頭の挨拶。
広げた手を戻して、次は胸に手を当てる。
「そして、初めまして。僕はエルシュー」
そして、名乗り。
笑みを讃えたまま、男は自身の名を告げた。
そのままエルシューと名乗った男は続ける。
「この『世界』とは違う【異世界】からやって来た【神様】だ」
最後に正体を告げる。
やはり、笑みを讃えたまま、しかし信じられない言の葉を男は口にした。
「――は?《神》?」
思わぬ発言にブレイルは声を漏らす。
この言葉に、目の前の男は頷き肯定。
――《神》?
神とはアレか?
この世界を創りし、至高なる存在。
海を広げ、地を創り、我ら人間を創りあげ、世界の秩序を成し。
ブレイルの聖剣をも造り上げたのも、その神だと言い伝えられ、そして。
遥か昔に、この地を捨てて天に還ったと言われる万物たるモノ。
それも、目の前の【神】と名乗った男は【異世界】とまで口にした。
【異世界】この『世界』とは全く別の、もう一つの世界。
この世には数多なる世界が連なっているとは聞いた事があるが、到底信じられる話ではない。
ブレイルは眉を顰め、【神】を名乗るエルシューを睨みつける。
「……その神様が、俺に何の用だ?」
口元に僅かな笑みを湛え、嫌味を交えて問う。
ブレイルは、神と言うモノを信じてはいない。
姿が見えないモノを信じる程、お人よしではない。
それが唐突に姿を現し、《神》と自称する存在ならば尚更だ。
だが、そんな怪訝そうなブレイルの前で、エルシューは気にも留める事無く柔らかな笑みを浮かべた。
まるで、余計な話はしないと言わんばかりに両腕を広げて、彼は言の葉を零す。
「僕を、僕たちを助けて欲しいんだ」
「――は?」
薄い唇から洩れたのは、思いもしない要請。
白い手が躊躇もなく向けられた聖剣を抜け、ブレイルの手を包み込む。
優し気な表情が一変。エルシューの顔は悲しみに暮れた物へと変貌した。
「どうか、僕たちを助けて欲しい」
縋る様な声色で、彼は今一度助けを求める。
「僕の世界には強大な悪がいる。誰にも倒せない悪がいる」
紫の瞳に涙を溜めて、彼は続けた。
「みんなが苦しみ、嘆いているんだ。助けて欲しい、死にたくないと。だから――」
――どうか、僕たちを助けて欲しい。
口から零れる三度目の救助要請。
自身を握りしめる白い手を見つめ、涙にくれる【神】の瞳を見て、ブレイルは思わずと息を呑んだ。
この男が【神】かは、分からない。【異世界】だと言われても信用も出来ない。
だが、しかし、彼の願いだけは本物だ。
心の底から本当に、
向けられた紫の瞳は何処までも誠実で、真っすぐに訴えかけてきた。
助けて欲しい。救って欲しい。死にたくないのだ、と。
その何処までも真直な願いを誰が払いのける事ができようか。
ブレイルの金眼が紫の瞳を射貫く。
正直、大きな戦いが終わったばかりだ。疲れは蓄積され、今は真面に剣を振る事さえも出来ないだろう。
しかし、彼はどうしても自身に縋り助けを乞う、この男の手を振り払う事はしたくなかった。
だからこそ、ブレイルは握られた白い手をきつく握りしめる。
その縋る手を離さないために、助けを求める声に応える為に。
日やけた顔に何時もの人懐っこい笑みを讃えて、ブレイルと言う勇者はエルシューを見据えるのである。
「ああ、任せてくれ!」
彼の答えと共に、エルシューが返す様に笑みを浮かべる。
2人の身体が光に包まれたのは、次の瞬間の出来事。
光が消えた時、その場にいた筈の勇者と【神】は何処にもいなかった。
――どうしてブレイルが【彼】の手を取ったのかと問われれば、こう答えるしかない。
答えなど簡単だ。
だって、困っている人を見過ごせるわけには行かない。
それが《勇者》――なのだから!!
光の中、ブレイルが最後に聞いた言葉は「重!」であったが。
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