第73話 新入生代表スピーチ

 壇上に登った二反田は心を落ち着けると、ゆっくりと話し始めた。


「うぅ……えっと……その……」


 しどろもどろになりながらも、一生懸命に言葉を紡ぐ。


「お、俺は……一人じゃ何もできません」


 特待生らしくない、そんな言葉から始まった。

 しかし、それこそが二反田真子の本心だった。


「お、俺がここに来るまでも、凄く沢山の人に助けられてきました! 俺のことをずっと育ててくれた両親はもちろん、試験会場でも杉浦に――プロデューサー志望の人に助けてもらって……」


 二反田は慌てたように付け加える。


「あっ、あと、ここには電車で来たから鉄道会社の人にも助けてもらってるし、あっ、その電車を作ってる人にも助けてもらってるし、てことは……ネジとか車輪とかを作ってる人にも助けてもらって何とかここにたどり着くことができたってことです! あっ、あと目覚まし時計が鳴ってくれなかったら起きられなかったから、目覚まし時計を作ってくれた人もいなかったらここには来れていません!」


 特待生らしくない、堂々とした様子とは正反対の二反田のスピーチに会場の人たちは唖然とする。


「と、とにかく挙げればキリがないくらい本当に多くの方に支えられて生きています! 名前も分からない多くの人達の頑張りのお陰で俺は日常を送れています!」


 二反田は深く呼吸を整えると、決意したような瞳で力強く言い放った。


「でも、俺はそんな自分を変えたいからここに来ました! 支えられるばかりじゃダメだって分かってるから! アイドルって、きっと支えてくれた人たちに沢山のお返しをする仕事だと思うんです!」


 二反田はペコリと頭を下げる。


「まだまだ、これからも沢山迷惑かけちゃうと思います! いっぱい助けてもらうことになると思います! で、でも、一生懸命頑張るのでよろしくお願いしますっ!」


 ――……パチパチパチ


 会場から拍手が起こる。

 決して、立派なスピーチとは言えないだろう。

 これは完璧なスピーチに送られる拍手ではない。


 それでも、その不完全さが、振り絞った二反田の声が、会場全員の、そしてテレビ画面を通じて多くの視聴者の心に響いたはずだ。

 だからこそ、今は会場の外まで埋め尽くさんばかりの温かい拍手の音で満ちているのだから。


(俺には、この拍手が「頑張って!」って声援に聞こえるよ)


「真子ちゃん、凄い!」

「全く、まぁ心配はしてなかったけど」


 一ノ瀬と、冷や汗まみれの三島はホッと息を吐く。

 二反田はやはりスターだ。

 それは、今までの完璧なアイドルとは一線を画すような……不完全なアイドル。

 周囲の人に支えられて、一緒に完璧を目指すような。

 そんな、泥臭いアイドルだ。

 だからこそきっと、多くの人に愛される存在になれるだろう。


「新入生代表、二反田真子さん。大変素晴らしいスピーチ、ありがとうございました」


 こうして、二反田の新入生代表のスピーチは終わった。


       ◇◇◇


 ――探星高校、関係者室。

 そこでは、9名の教員たちが今の二反田のスピーチを聞いていた。

 そして、共に語らい合う。


「……二反田真子の特待生合格には疑問が残っていた」

「当然だね、ここにいる9人のうち4人が反対していたんだ。特待生の中でも、ギリギリの合格といったところだ」

「今までの特待生たちも全員が上手くいったわけじゃない」

「期待値が高いまま、出演して大失敗……そのまま消えていくアイドルも多いけど――」


 全員で二反田のスピーチを振り返った。


なら、最初の出演が上手くいってもいかなくても成功だ。みんな応援するだろう」

「普通は自分の商品価値を上げるために完璧を演じようと躍起になるけれど……彼女は逆の戦術を取った」

「いや、戦術を取ったようには見えないな。恐らく、これが彼女の本心だ」

「これが演技だったらさらに凄いけどね」

「なにより、彼女の根底にあるのは『感謝』の気持ちだ」

「素直で誠実で、実直な人間という印象を持たせた。実際、長く活躍できる芸能人は才能よりも気遣いや努力が出来る人間の方が多い」

「随分と危なっかしい奴を特待生にしたモノだと思っていたが――」

「これは、認めざるを得ないな……二反田真子は特待生にふさわしい」


 そして、数名が呟く。


「思えば、いつしか新入生代表挨拶はメディア露出の為のパフォーマンスの場になっていたな」

「新入生の挨拶の本懐は『新入生の気持ちを代弁する』ことだ。本来の目的を完全に失っていた」

「実際、このスピーチぐらい弱気な方が新入生の気持ちに則しているだろう」

「あぁ、二反田のスピーチで安心した新入生も多いはずだ」

「二反田真子がリハーサルに来なかったのはこの為か」

「用意した台本でリハーサルなんかを挟んでいたらこのスピーチはできなかった」

「アドリブだからこその本音、だからこそ拙い言葉が心に響いた」

「そうだな、彼女はスターだ。そして――」


 テレビ画面に映る、緊張しながら壇上を降りる二反田を見て教員の一人は語る。


「そんな彼女には、やはり優秀なプロデューサーが必要だ」

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