第44話 クリアだけが目的じゃない

 

「――アイドルの皆さん、僕は審査員であると共にお客さんでもあるという気持ちで見させていただきます。みなさんのパフォーマンス、楽しみにしていますよ!」


 そんな調子で一人一人がアイドルたちに声をかけていく。

 当たり前だけど、みんなが言うのは『アイドル全員』に対しての励ましや奮起を促すような言葉だ。

 誰か一人、個人に対して声をかけるようなことはしない。

 それはそうだろう、プロデューサーというのは担当アイドルへの公平性も求められる。

 グループで誰か一人だけ特別に目にかけられるようなことはグループの分断を生むことすらある。


 そう、だから一人にだけ言葉を送るなんてことは言語道断だ。

 順番が来て、俺は立ち上がった。


「――三島三言。お前に言っておきたいことがある」


 俺は開口一番にそう言いだした。

 これは試験だ、俺がどんな言葉をかけるかも審査対象で、試験官たちがチェックしている。

 そんなこと、もう俺の頭にはなかった。


「三島、アイドルがヌルゲーだろうが、この審査がクソゲーだろうが、目的は一緒だ。分かるか?」


 励ましの言葉を贈るどころか、俺は質問した。

 プロデューサーたちだけでなく、他のアイドル達も驚きの表情で三島を見た。


 俺に取り沙汰され、三島は仕方がないとでも言いたそうな表情で前に出て俺に答える。


「分かってます。合格クリアすれば良いってことですよね? ちゃんと、審査員を……お客さんを満足させればそれで良い」


「いいや、違うな」


 俺が頭ごなしに否定すると、三島は睨みつけてきた。

 今度はそんな視線に負けないよう、俺は見つめ返す。


「――どんなヌルゲーでもクソゲーでも目的は同じ……"ゲームを楽しむ"ことだ。合格なんかどうでも良い。これはオープンワールドだ。だから三島も、ストーリーなんか自分勝手に作り変えて、アイドルを楽しんじまえ」


 それだけ言って、俺は椅子に座った。

 当然、場は騒然となる。


 試験会場で「合格なんかどうでも良い」なんて言う奴はいないだろう。

 しかし、俺の本心だった。

 このまま、つまらなそうに試験を終えるあいつなんか見たくない。

 アイドルの楽しさを知れば、あいつだってきっと見方が変わるはずだ。


「……楽しめ? 全く、本当に馬鹿ですね。ほんとに……何を言っているんだか……」


 三島はそう言ってまた後ろに下がる。

 他のアイドルたちは俺と三島のやり取りを見て呆然としてしまっている。

 結果的に俺は、三島にだけ言葉を送った。

 三島に負けず劣らずの狂った選択だろう。


「――ゴホンッ! では、以上だな!」


 グラサン試験官は今日一番の大きな咳ばらいをした。

 そしてまた変なことをした俺を睨んでいる気がする……ごめんて。


「では、最終試験。ダンスパフォーマンスをしてもらう! 位置についてくれ」


 『シーサイドガールズ』のメンバーはセンターから順にVの字になる。

 三島の最初の位置は一番左の最奥だ。


「ミュージック、スタート!」


 そして、俺が作成した課題曲『スターライト』が流れ、アイドルたちは踊り出した。

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