勇者の帰還
@me262
第1話
我が家の愛猫は茶トラのオスだ。好奇心が旺盛で子猫の頃から外に出たがっていたので、程よい田園都市に家を構えていることもあり、放し飼いにしている。成長して身体が大きくなった今では辺りの野良猫たちと喧嘩三昧で力をつけ、自らの縄張りを持つようになった。
とある晩、仕事から帰る途中で我が家近くの草むらから何かの動物の唸り声と争う物音が聞こえた。
何事かと近寄ると我が愛猫と何かの獣が争っている。雑草のせいで相手の姿はよく見えないが、犬や猫ではないことはわかる。外来種か?その獣は甲高い歯ぎしりのような耳障りな音を立てて愛猫に掴みかかるが、茶トラは間一髪でかわしながら爪を突き立てる。
要領を得ずにただ狼狽える私を尻目に取っ組み合いを続ける二匹の獣は雑草の海に消えていった。
それから3ヶ月、茶トラの姿は見ていない。もしやあの奇怪な獣にやられてしまったかと諦めかけていたところ、唐突にぼろぼろの姿で朝方の庭に現れた。その口には赤黒い雑巾のようなものを咥えている。戸を開けて愛猫を抱き抱えると茶トラは安堵したのか、がくりと頭を垂れた。雑巾だと思ったものは何かの獣の死骸だったが、よく見ようと近付く前に、急な強風に飛ばされてどこかに消え失せてしまった。
急いで近くの動物病院に連れていく。獣医の診断では、外傷は多いものの命に別状はないとのことで私もようやく安心した。最後に獣医がこう言った。
「原因は不明ですが、筋力が極端に衰えて足腰が立ちません。当分は家の中で安静にさせてください」
帰宅した私は居間の窓際に柔らかいクッションを置いて、茶トラをそこに乗せて休ませた。
外を走り回っていたのなら、ここまで足腰が弱る筈がない。何があったのか?
訝しむ私の傍らでテレビがニュースを流す。
宇宙ステーションから日本人飛行士が約半年振りに帰還したという。画面の中で、宇宙服を着こんだ飛行士が両脇を抱えられた格好で地上に降り立つ。
無重力の宇宙に長い間居ると、筋肉や骨が急速に弱くなるという話を思い出した。
「お前、今までどこにいたんだ?何と戦っていたんだ?」
私の問いには何も答えず、愛猫は用意された猫缶を平らげると満足げに両目を細め、誇らしげに胸を張った。
余談だが愛猫の帰還と前後して、我が田園都市の病人や事故件数が激減したという。
勇者の帰還 @me262
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます