帰れない理由
唐揚げとビールは、静かに運ばれてきた。
顔を上げると、エプロンをした間仁田亮治が、ニコニコとこちらを見おろしている。このオジサンはいつも、何もなくても笑ってるよな、とブッコローは思う。
「皿洗いから昇格したんすか」
「いや、ブッコローが来てるというので代わってもらいました」
「人を口実にサボらないでくださいよ」
小さくツッコんで、間仁田の手からジョッキを受け取る。
有隣堂が経営する居酒屋・一角──なんとなく気が鬱ぐとここに立ち寄ってしまう癖は、ここ数年でついたものだった。
「お子さんが帰りを待ってるんじゃないですか」
「なんですか、場末のスナックのママみたいな」
間仁田は変わらず笑みを浮かべている。もしかしたらこのオジサンの顔を見にここに来ているのかもしれない。そんな考えが浮かんで、ブッコローは溜息をこぼす。
ビールを口に運ぶ。
「……一杯だけっすよ。そりゃ、早く帰りたいですから」
何があった、と間仁田は訊かない。だから今日は、自ら話すことにした。
「……AIブッコロー、大活躍してるんですよ。負担が減って、チャンネルも好調なままで、すげー助かってます」
「ああ、すごいすよね。僕も何度か一緒に出ましたけど」
「郁さんもね、すげー喜んでました。店舗に来てくれる人が増えて、文具とかももちろん売れてるけど、それ以上に本の売り上げが伸びてる、って」
やっぱりそれが何より嬉しい、と渡邉は言った。それを聞いたとき、ブッコローも確かに感慨をおぼえた。
「だから、これでいいんだって。そう思ってるし、全部納得もしてる。別にね、何かを
ふっ、とブッコローは息をつく。間仁田は何も言わない。ただそこに立って、続く言葉を待っている。
「……今日ね、AIとザキとで収録してるのを、初めて見ました」
何か、思うところがあったわけじゃない。ただ近くに寄ったから、ちょっと覗いてみただけ。
それだけのはずだった。
「いやもうね、息もピッタリで。ちょっと、昔が懐かしくなっちゃうような気さえしてね……」
ガラスペンの回だった。岡崎が持ち寄った大量のガラスペンを、AIがああでもないこうでもないと捌いていく。
それはきっと、自分でも言うような言葉で。
なのにそこに、自分はいなくて。
「……子どもたちがね、頑張った一日の最後に見るのが、帰ってきた
ブッコローは間仁田を見上げ、少し無理に、にっ、と笑う。
「こんな、さみしい顔じゃ帰れないでしょ」
それから、食事を終え、見知った顔に声をかけ、店を出ようとした矢先──スマートフォンが激しく鳴った。Pからの着信だった。
もしもし、という間もなく叫び声が上がる。
「AIが壊れた!」
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