2021/11/14 『季節』
昼過ぎに起きてから、なんのやる気も起きなくて、しばらくは布団の上に横たわっていた。携帯電話が光って、画面を見ると、夜ご飯についての相談があった。
うどんのチェーン店へいこう、という話だった。なんでも、ある店舗が限定でカツ丼を出しているらしく、これは一つ食べてみようと思い立ったらしいのだ。
私は食欲があまりなかったため、うどんが晩飯にちょうどいいと考え、提案を快諾した。
どうやら店舗限定でカツ丼を提供しているらしく、店舗自体は近所にいくつかあったが、自分が知る遠い店舗の、それよりもまた少し遠いところへ行くことになった。
見覚えのない街の中に、当たり前のように店はあった。チェーン店は旅行先した時でも普通にそこら辺にあって、良くも悪くも見覚えがあるその見た目に地元にいるような安心感があったりするもので、今日来たその街でもなんだか遠いような近いような、不思議な感じがした。
ついた頃の私はチェーンのカツ丼がさほど美味しいことなどないだろうと思っていたが、実際に口にすると予想を大きく上回る美味であった。食欲が思っていたよりもわいて、あっという間に一人前と半人前程度を食べ終えた。
それから、駐車場へ戻る時、視界の奥に細かな光が映り込む。それを見て、この場所が思っていたよりも高台にあることに気がついた。
私は思わず、駐車場のフェンスギリギリまで近寄って、目に写った夜景を写真に収めた。それからトイレを済ませてきた家族が合流して、指を差しながら、あれがなんの建物だとかいう話をした。私は写真を撮り終え、一歩下がって、家族を含めたその夜景を眺めた。視界に広がる街の中で一箇所に固まって指をさして、夜景の話なんかをしているその姿が、なんとも形容し難い儚さを纏っていた。
美しい家族の思い出の一ページを刻む音が聞こえて、私の胸はいっぱいになった。
その帰り道、駅前を車で通ると、周辺がライトアップされていることに気がついた。坂道の下からの一望は、深い青色をした空に星のように浮かんでいた。時刻は十時ごろだった。人が少なくなってきた頃の駅前はどこか虚しくて、綺麗に施されたイルミネーションが、そのクリスマス色の喧騒を思わせて、より静けさを際立たせていた。
私のいっぱいになった胸の奥から、それが形を変えて、涙となって目一杯に溢れた。溢れそうになったけれど、私は目を見開いて、少しだけ上を向き、それを堪えた。泣いてはいけないような気がした。
それから、私はこう口にした。
「季節を感じるたびに、悲しくなる」
父はハンドルを握って、前を見たまんま何故か私に問う。私は答えた。
「前の季節が終わってしまったことを感じるから。それだから、終わりに近づくことを感じるから。だから」
父は言った。
「季節を感じることは、楽しいから好きだ」
私は思った。このまま、このまま続いて、それから、父が、この楽しさを抱いて、抱き続けていられたら、それはきっと、素敵なことなのだろう。
私は言った。
「春になったら、桜並木のあるこの坂を、運転しに来よう」
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