筋肉探偵

ぱんのみみ

筋肉探偵

 とある吹雪の夜。

 雪によって退路と進路を閉ざされた洋館があった……。正しく状況は陸の孤島と言うべきだろう。険しい雪山は天然の要塞となり、高度が高かったので電波を阻んでいた。誰も出ることも訪れることもない洋館のロビーで、一人の男が刃物で刺されて死んでいた。


「いゃぁ! 私もお母様も絶対こんなことしてないわよ!」

 泣き叫ぶのは不知火 ハクア。株式会社ハッカの社長である不知火 公暁の愛娘であり、兄には不知火 トコヨがいる。彼女は年相応に混乱しているようで涙を流しながら母親の腕にすがりついていた。


「そうよ! 私たちを疑うなんて間違ってるわ!」

 そう叫ぶのはハクアの母親である不知火 カランだ。株式会社ハッカの社長夫人であり、常に社長の公暁と次期社長のトコヨを献身的に支えてきた、物腰柔らかな女性だ。そんな彼女でさえも罪を疑われればこうも豹変するらしい。


「ふん。馬鹿め。富を追い求めていればいずれ身を滅ぼすと言ったのだ」

 そう傲慢にも告げたのは獄幻 オトギだった。彼は世界有数の名家に生まれた子息であり、その言葉は持つものとしてのプライドに満ちていた。彼の自信に裏打ちされた言動は、傍から見れば無礼そのものに見える。


「殺人犯と共にいると思うと実に恐ろしいことだよ」

 そう天川 シロはボヤいた。天川グループのリーダーであり富豪番付の上位に君臨する。その本質は商売人であり、時に酷く冷血な決断をすることもある。故に彼は己は容疑者では無いという自信に満ちた傲慢な態度をとって見せた。これも彼にとっては駆け引きなのだろう。


「だが誰かが彼を殺したというのは確かな話じゃ」

 そう告げたのは老人だった。彼の名は鶴野 紅梅。かつては自衛隊に、そして一線を退いた後は防衛大臣にまで登り詰めた男だ。窮地には慣れているのだろう。他の誰とも違い表情一つ変えずに静かに告げた。


「この男――白国 鈴江をな」

 地面に伏して最早息をひとつしてない男の名を白国 鈴江と言った。この洋館の持ち主だ。そしてこの会合のホストでもある。

「バカバカしい。手元の価値ある文化財よりも金貨の方が価値があるのだと目を眩ませるからこうなる。自業自得だ」

「口を慎め、獄幻の小僧」

「そういうジジイは偉そうだな」

「まあまあ、ご婦人方の前だ。そう争うのは醜いよ」

「そぉおおおおだともぉ!!!」


 木の扉がぶち破られた。擬音でいうならムッッキムキの男が華麗にヒーロー着地をしたのを半ば夢心地で見守る。


 美しい八つに割れた腹筋。盛り上がった大胸筋の曲線。隆起する背筋につやつやと美しく輝く上腕二頭筋。スーツのズボンはパツパツで足のラインをむっちりと見せつけていた。そう、スーツの上からでもわかる。

 その男は――筋肉だった。


「いや、誰だよ」

「皆様! ご無事でしたか!?」

「貴方が扉を蹴破らなければもうしばらく無事でいられたわ」

「なるほど! それは大変ですね! ですがご安心を!」

 男は腕を直角に折りたたむと筋肉が動いた。さながら山がひとつ動いたかのようだ。いや、むしろ腕の上に山が乗ってる。

「筋肉は全てを解決します!」

「どんなキャッチコピーだよ!」

「ああ……すみません。私はこういうものです」

 スーツの筋肉……スーツのハンサム……スーツの男が懐から取り出したのは小さな紙切れだった。それは別に小さい訳ではなく、男の大きな手の中では小さく見えただけだが。

「…………『筋肉探偵 山田』」

「はい! 筋肉探偵です! どうもよろしくお願いします!」


 素晴らしいホワイトトゥース……。

 だがその笑みに怯むことなくオトギははっと鼻で笑った。

「筋肉探偵ってどういうことだよ」

「はい! 筋肉はなんでも解決できるので私も鍛えて探偵になったのです!」


 どういう理論だ。分からない。

 ただひとつ分かっているのは、何かとんでもないトンデモ理論に巻き込まれた、ということだ。出来たら裸足で逃げ出したいが外はあいにくの吹雪。逃げることさえ叶わない。


「そう、筋肉……筋肉さえあれば死者も蘇るのです」

「さすがにそんなトンチキなことは」

「はい」

 探偵が謎の動きをしてナイフを抜いた瞬間、白国 鈴江の着ていたスーツが爆発四散し素晴らしい肉体が露出した。その体はそう、筋肉でできていた。

「素晴らしい! この方は百年に一度のダイヤの原石だ!」

「いやどんな理論だよ!」

「待つのだ、獄幻の小僧! ワシは……ワシは確かに聞いたことがある……他者に素晴らしい筋トレを施す秘術の噂を」

「あってたまるかよ!」


 そんなふうにもみ合ってる間に鈴江は体を起こした。

「そんな……僕はナイフで刺されたはずなのに……今じゃあこんなに生命力が溢れて止まらない! まるで僕の体が天然の噴火口になったみたいだ!」

「その妙なたとえ止めろ」

「そうでしょうとも! あなたの肉体は生まれ変わりました! まるで天然のクロマグロのように!」

「だからその妙な比喩はやめろよ!」

「そしてこの方を治癒している時に筋肉はもうひとつ謎を解決をしました」


 探偵はまるで丸太のような指を立てた。当然だ。死体が甦ったからといって殺人事件がなかったことになる訳では無い。一時でも死んでしまった以上、罪を犯したことには代わりがないのだ。多分。

「そう、ですから私は筋肉に尋ねたのです……この事件の犯人は誰なのか。この密室で犯行に及んだのは誰なのか……当然、いじめ抜いた筋肉は私に応えてくれました」

 彼の指は真っ直ぐと獄幻 オトギを指さした。


「オトギさん。貴方が鈴江さんを殺したのですね」

「なっ……」

 二人の規格外マッチョに見られたオトギはたじろいだ。

「ば、馬鹿なことを言うな! 俺になんのメリットがあるんだ!」

「いえ、動機は分かりません。ですが貴方は自信があるように見せていますが非常に卑屈な方だ。肉体が何よりもその証拠です」

「見た目で人を判断するな」

「見た目ではありません! 筋肉は……筋肉は必ず応えてくれるのですッ……その筋肉がそれほどに痩せて衰えているというのがどういう意味かッ……ですがそれが悪い事だとは言えません。誰しも自信が最初からある訳ではありません。誰もが生まれた時からマッチョなのであれば、それは本当にマッチョとは言えないでしょう」

「俺は今なんの話しをされてるんだ?」

「ですがその卑屈さに打ち勝つのが人生です。そしてその手助けをしてくれるのが筋肉です。ですからオトギさん……」

 探偵は曇りなき眼でオトギを見た。オトギは実際にずっと自分に自信がなかった。卑屈で……だから持つものである鈴江を殺したのだ。


「筋トレをしましょう。筋肉は、あらゆることを解決してくれます」


 探偵の言葉にオトギはうなづいた。こうして新しい明日が始まるのだった……。

「いや、無理があるだろうがァ!!」


 後日オトギは警察に連れていかれ、雪山の洋館に閉じ込められた人々は筋トレをし、無事健康な肉体と精神と固定資産税のかかりそうな筋肉を手に入れて幸せに暮らしましたとさ。

(※筋肉にこのような効果はありません)

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筋肉探偵 ぱんのみみ @saitou-hight777

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