卓越した剣術は魔法より優れるのか
おいしい塩
卓越した剣術は魔法より優れるのか
東方海岸線 港町ダリナス
第一話
俺が十三を迎えるころ、とある秘密を知った。
島を出た遠い大陸には『魔法』という不思議な力が当たり前にあると言う話だった。
大陸では『魔法』を駆使して魔物を倒すし、どんな病気でも傷も癒せるらしい。でもこの島では『魔法』なんて誰も見たことがない。
俺なんて毎日、剣を振っていただけだ。
でも、たしかに母さんが生きてた頃、そんな話を聞かせてくれたような気がする。御伽話だと思ってた。
魔法使いと勇者の冒険の話。
初めて魔法に触れたとき、胸の奥に何かが芽生えた。驚きなのか、悔しさなのか、はっきりはしない。
わからないけど、こいつには絶対に負けられない。
そう強く思った。
✳︎✳︎✳︎
潮風が顔に当たり、波の音が聞こえてくる。
太陽に照らされてきらめく海を、綺麗だなとぼんやり眺めながら俺は横たわっていた。
視界はかすみ、意識も混濁している。ここがどこで、どうして倒れているのか、頭がはっきりしない。
ただ、朧げに覚えているのは、大陸に渡るために出港前の交易船に忍び込んだこと。そして、何日かは隠れ続けていたが、結局見つかってしまったこと。
船員たちは密航者を見つけると、わざわざ騒ぎ立てることはなかった。ただ「死体」を見つけたとして、海へ放り投げた。
死んでいない——ってことは、ここは本当に大陸なのか。その思いに安堵と苛立ちが混ざる。あいつら、こんなに傷ついた少年を雑に扱いやがって。
とにかく胸の傷が痛い。
ちらり顔を上げて見ると、肩から胸にかけての切り傷が赤黒く滲んで固まっている。
息をするたびに胸が焼けつくような痛みが走り、意識が遠のく。それでも波が傷口を洗うたびに、鋭い痛みが意識を呼び戻す。
それでも諦めたくななった。交わした約束を違えたくない。
そのとき、視界の端に人影が映った。
砂浜に立っていたのは、背の高い大人びた少女だった。黒髪を肩までたなびかせ、どこか悠然とした足取りでこちらに向かってくる。まるで俺なんか眼中にないかのような表情で、優雅に海岸線を散歩でもしているようだった。
「あら、こんなところで寝てるなんて、変わってるわね」
少女は俺の前で立ち止まり、冷静というよりむしろ穏やかすぎる口調でそう言った。その声に焦りも驚きもない。何が起きているのか純粋に楽しんでいるかのような、妙な気配があった。
「水……」
乾ききった喉の渇きに耐えきれず、かすれた声で訴えかける。ずいぶんと何も飲んでいない気がする。このままでは干からびそうな気分だった。
「……お水が欲しいの?」
そう言いながら少女は俺の顔を覗き込む。その瞳に映るのは慈悲や憐憫ではなく、興味本位の冷たい光だった。
「助……け……」
必死にしがみつく思いで、俺は目の前の少女を睨みつける。震える指先で空を掴もうとすると、彼女はその手をじっと見つめ、わずかに微笑んだ。まるで俺が面白い玩具にでも見えたかのような、歪んだ微笑みだった。
「すごい傷ね……痛い?」
「痛いっ……」
「そのままじゃ、本当に死んじゃいそうね……」
「俺は……死なないっ……」
こんなところで終わるわけにはいかない。
「いいわ、お水も、食べ物も欲しいのならあげるし、傷も治してあげる。でもその前に……あなた名前は?」
「……ノア」
彼女の声に誘われるように、弱々しく名乗った。すると彼女の微笑みが一層深くなり、その瞳が輝きを帯びる。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、指先を俺の首元に当てる。その冷たい指先が肌に触れた瞬間、なんとも言えない不安が広がっていく。
「じゃあノア……服従しなさい。その代償は『命』ね。《致命・従属の鎖》」
「うあっ……!?」
彼女の言葉が終わると同時に、首に冷たい鎖が巻きつく感覚が広がった。締め付けられる力は次第に強まる。やがてその鎖は身体に溶け込むように吸い込まれていき、徐々に意識が遠のいていく。
「忘れないでね……」
完全に意識が闇の中へと沈んでいく。最後の言葉が耳の奥に残る。
それは俺が大陸で初めて触れた『魔法』だった。
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