132.神威

 記憶が正しければ質素な小屋があった場所。そこには見たことの無い綺麗なログハウスが建っていた。

 極彩色の景色の中にぽつりと佇む二階建てのログハウスは、この現実離れした神域の中で現実を思い出させるような平凡な外観である。


 場違いのようにも感じるだろう。しかし、それは間違いだ。

 このログハウスは――いいや、このログハウスこそが神域の核。極彩色で彩られた森や大地は後から芽生えたもの。女神が創り出した領域は、この家から拡がっているのだ。


「君の信仰のお陰で、女神様の家はとても立派になったんだ。冥府の城には及ばないが、女神様はとても喜んでいるよ」


 神域は集めた信仰の量で大きく様変わりする。

 質素だった小屋が綺麗なログハウスに変貌したのは、セナがエイアエオンリーカに捧げた信仰がそれほどまでに大きかったということ。


 玄関をくぐり、セナとレギオンは居間へと案内される。

 そこにはセナの記憶に焼き付いた姿と何ら変わりない、美しい女神が待っていた。


『……こうして会うのは、あの夢以来か』


 女神の真体と体面するのは、彼女が第二回公式イベントで実施されたミニイベントで降臨した時以来だ。

 公式イベントは夢の中の出来事として認知されているため、実際に体面したのは地獄の訓練以来とも言える。


『……ここまでよく頑張ったな、我が信徒よ』

「はぅ……」


 女神に抱擁され、思わず目を閉じるセナ。母親のような優しさと慈しみを感じ、無意識に甘えているのだ。

 そして、レギオンもその腕の内へと招かれる。


 神々にとってのモンスターは、ルーツを辿れば邪神に行き着くが、わざわざ排斥するほどの存在ではない。だが信徒を支える従魔として共に在るのならば、そう、身内のように想うのも何らおかしくはないのだ。

 だから、加護を受け取れない、渡せない生命だとしても、エイアエオンリーカはレギオンをこの神域へ招いている。


『……約束通り、汝に神威を授けよう』


 たっぷり抱擁した後、女神エイアエオンリーカは改めて用件を告げる。

 セナはレベル100に到達した。つまり、神威を修得できるようになったのだ。


 死そのものを司る〝暗き死にして冥府の神〟より生じた三魔神が一柱、〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の権能。その一端を行使できるようになるのだから、ワクワクが止まらない。


「――っ!?」

『……ふふ』


 どんな神秘的な現象が起きるのだろうと思ったら、女神は指先に軽く傷を付けてから、セナの口の中に突っ込んだ。

 指先からぽたぽたと垂れる血が触れた場所からじんわりと鉄の味が広がり、熱を帯びたような感覚を覚える。


 その熱は血管を流れるようにゆっくりと全身に伝わり、心臓へと集約されていく。

 どくん、どくんと心臓が鳴るたびに熱は強くなり、セナの体の奥底にまで満遍なく行き渡ってから、女神はその指を離した。


《――神格:エイアエオンリーカから神威を授けられました》

《――神威修得に伴い、ジョブ及びスキルが進化します》


『……神の血を取り込むこと、それが神威を発現するために必要なのだ。多ければ多いほど、より強大な神威となるはずだ』


 血によって神と信徒を繋ぎ、その繋がりを通して権能を借りるのだから、取り込む血の量が多ければ繋がりも強固になる。

 たった一滴あれば繋がりが作れるというのに、セナに与えられたのは小指一本分に相当する量だ。


『……汝は我のお気に入りだからな。特別だぞ』


 これだけの血を与えられたのは、偏にお気に入りだからである。

 存命の信者はセナ含め数名、古代まで遡っても一〇〇に満たないため、特に熱心な信者は気に入られやすいのだ。

 ミス女神コンテスト以降で改宗しようとする変た……猛者プレイヤーも現れたが、それでも数えられる程度しかいない。


『……そして、我が信徒に尽くす汝にも褒美を与えよう。だが、ソレは少し邪魔だな』


 そう言うと女神の蔓が蠢き、レギオンの影の中から燃え滾る炎を取り出した。

 ソレはかつてレギオンが捕食し取り込みながらも、遺志だけは消化されず燃え続けていたラヴァ・ドラゴンの魂である。

 セナの目にはただの火の塊にしか映らないが、従魔としての繋がりが僅かに感じられることから、レギオンの一部であることは分かる。


『……我が兄のもとへ還るがいい』


 女神が息を吹きかけると、その炎は蝋燭のように消え去った。人であろうとモンスターであろうと、死者の魂は冥府へと還る。

 レギオンの内で抵抗を続けていた大いなる竜の遺志が消えたことで、女神は改めてレギオンに血を与えた。


 ほんの一滴だけだが、本来加護を与えることは出来ないモンスターに、血を介して力を与えるという裏技を行ったのだ。

 神の血を摂取したレギオンは酔っ払ったようにふらふらと座り込み、影の中の群れレギオンもまた無秩序に蠢き始める。


「(だいじょうぶ……だよね。女神様だもん)」


 少し不安を覚えるセナであったが、女神がやったことなので問題は無いのだろうと判断する。

 変化はすぐに終わり、レギオンはセナに抱きついた。


「だいじょうぶ?」

「ん、レギオンはとても強くなったよ」


 神の血を取り込んだことで生じた変化は、髪の穂先が極彩色に色づいただけである。

 だが、追加されたジョブアーツの名称を見れば、レギオンが新たな力を獲得したのは明白だ。


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『セナ』レベル100

〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の信徒

└【疫病の加護】【女神の寵愛】

 └【童心の加護・微小】

ジョブ:〝疫病運ぶ女神の慈悲無き狩人騎士〟

└《クルーエルハンティング》《プレイグスプレッド》

 └《神威:死を運ぶ騎士ペイルライダー

  └《嵐の王、亡霊の群れワイルドハント・レギオン

サブジョブ:〝烙印狩り〟

└《カルマハント》


スキル:

【ドミネイトテイマー】 【プレイグハンター】

【真・上級短剣術】 【上級投擲術】

【壊毒化】 【魔力付与Ⅲ】

【狩人の第六感】 【上級採取術】

【上級調合師】 【上級木工師】

【無詠唱Ⅱ】

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 ジョブの名称が変化していたりスキルが進化していたりするが、一番嬉しい変化は神威だろう。

 セナが修得した神威の銘は死を運ぶ騎士ペイルライダー。黙示録の四騎士の中でも死を司るとされている第四の騎士の名称が使われている。


 そして付随するように発現したジョブアーツ、《嵐の王、亡霊の群れワイルドハント・レギオン》にもまた元ネタが存在する。ヨーロッパに伝わる伝承、ワイルドハントだ。猟師や妖精や亡霊で構成された狩猟団の大移動とされており、目撃者は死を免れないとも。


 どちらも強力な技であり、対多数の戦闘において無類の強さを誇るだろう。

 ――だが、これらの発動条件をセナは満たせていなかった。


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《神威:死を運ぶ騎士ペイルライダー

・憑依合身状態でのみ使用可能。

嵐の王、亡霊の群れワイルドハント・レギオン

・《神威:死を運ぶ騎士ペイルライダー》使用時のみ発動可能。

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 憑依合身状態という、見たことも聞いたことも無い状態で無ければ使用できないのだ。

 詳細を見てみると、憑依合身状態とは従魔を自分に憑依させるアーツを使用した状態のことを指しているらしい。

 そして、そんなことが出来るアーツをセナは修得していない。


「そんなぁ……」

『……汝ならすぐに修得できるはずだ。悲しむことは無い』


 条件が指定されている神威は珍しいのか、女神は苦笑いを浮かべていた。

 励ましてもらったことでやる気を出したセナは、ジジと軽く手合わせしてから元の世界へ戻る。

 レベル100に至ったセナとレギオンのコンビでもジジには及ばず、多少善戦したものの勝つことは出来なかった。

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