103.子どもたちの神様

 右も左も賭博場、少し進めば賭博場、一番目立つ建物も賭博場。

 どうやっても経済を回せそうにないほど賭博場だらけだが、法律に則ってきちんとしたルールが設けられている。


 まず、大通りで屋台のような場所で行われる賭博。これはお金の無い子ども向けの、軽い遊びのようなものだ。金額も一シルバーから一〇シルバーとお安い。

 そうではない普通の庶民であれば、一〇〇シルバー以上の賭博が可能な店舗で賭博を行うことになる。


 この二種類の賭博場が街の至る所に開かれているため、賭博場だらけの街に見えるのだ。

 当然ながら、裕福な者はこの賭博場を利用しない。


 ニューオルザの中心に建設された、コロッセウム並みの巨大建造物。これが貴族向けのカジノであり、賭け金の最低金額が一万――面子を気にする貴族は一〇万を最低金額にするが――に設定されている。

 入店基準も厳しく設定されており、貴族以外で入れるのは豪商か、即金で一〇〇万シルバーを用意できる者だけだ。


「……とりあえず宿いこっか」


 興味はそそられるが、セナは冒険者である。宿を確保し、組合で都合のいいクエストがないかを探す。

 指名依頼を受注しているが、期限が定められていないので他のクエストを受けても問題は無い。


「(予想していたけど、この街はあんまりいいクエストが無いね)」


 しかし、賭博のために造られた街だからか、如何にも冒険者らしいクエストは殆ど貼り出されていなかった。

 日雇いの清掃クエストならあるが、実入りが良くないしやる気も起きない。


 セナは暇を潰すため、庶民向けの賭博場へ繰り出すのだった。


「――七!」

「じゃあ俺は一〇にするぜ!」

「変更はないな? ……開けるぞ」


 ファンタジーの世界であるため、賭博に用いるのは原始的な遊び道具である。

 彼らが興じているのは、骰子サイコロの数の合計を当てるという、丁半博打に似たゲームだ。

 複雑なルールはなく、勝てば全員の賭け金を徴収し、誰も当てられなければ親が総取りするという簡単なもの。

 使用する骰子は二つであるため、二から一二の中から選ぶだけでいい。


「むむむ……」


 そんな中、セナは見覚えのある姿を発見した。

 直接会って話したことはないし、ただ遠目から眺めていただけではあるが、確かに見覚えがある。


「決めた! 五にするよ!」


 一シルバー硬貨を五枚置いて宣言した少女の名は、ミリオネルシア。まごう事なき神である。

 彼女は神としての存在感を抑えて、どこにでもいる商家の娘のような格好で賭博に興じていた。


「すげぇ! ルシアねぇ一〇連勝じゃん!」

「むっふー、ルシアちゃんはとっても強いんだから!」


 誇らしげに胸を張って、ミリオネルシアは全員から賭け金を徴収する。

 その際、ちらっとセナの方を向いて人差し指を唇に当てていたので、どうやら黙っていた方が良さそうだ。


「(……そういえば、遊んでいる最中に正体をバラすと姿を消すんだっけ)」


 子どもたちと遊びに興じる“心通わす童心にして偶像の神”は、遊び終わると子どもたちにちょっとした加護を与えるという。成人する前に消えてしまうささやかな加護だが、健やかに育つというのは、とても効果である。

 そして、遊び終わる前に正体をバラしてしまうと、ふて腐れて加護を与えずどこかへ消えてしまうと伝わっているのだ。


 だからセナは何も言わず、その小さな賭博場に混ざることにする。

 人数制限はないので、途中参加も歓迎しているようだ。


「このルシアちゃんが教授してさしあげよう~!」


 彼女の正体を黙秘したことで機嫌がいいらしく、ミリオネルシアはセナにこのゲームの遊び方を教え始める。

 本当にとても簡単なルールしかないので、説明はほんの一分で終わった。


「おい、新入り! ルシアねぇはこの辺りじゃ負けなしなんだぜ!」

「……お金を巻き上げ――むぐむぐ」


 レギオンがマズいことを言いそうになったので口を押さえるセナ。

 しかし、ミリオネルシアが勝つということは、神が庶民の子どもからお金を巻き上げているようなものだ。


「…………ルシアちゃんは器が大きいから、ゲーム終わったらみんなで買い食いしようね!」


 さすがに金銭は持ち帰れないのか、それとも巻き上げている自覚があるのか。ミリオネルシアは太っ腹にもそう宣言した。


「(使う骰子は二つだけ……木彫りのコップに入れて振って、骰子の目の合計を当てる。でも、親は全員の宣言が終われば一度だけ振り直せるから、親が有利なのかな)」


 親が振り直した場合、他の参加者は宣言した数を変えることが出来る。賭け金は一回目の宣言時に決めるが、二回目の宣言が行われる際は追加することが可能だ。


「……じゃあ、七」

「ルシアちゃんは五にするね~」

「俺は一〇!」

「僕は三にしようかな……」

「うし、じゃあ振り直すぜ!」


 雑な動きで振り回されたコップの中では、二つの骰子が不規則な動きで攪拌されているだろう。

 振り直しが行われたことで、もう一度数の宣言が行われる。

 変更しなかったのはセナとミリオネルシアの二名だ。


「開けるぞ」


 骰子の目の合計は……


「――ルシアねぇの連勝が止まった!?」

「お姉ちゃん、初めてなのに凄いね」


 三と四であった。セナの勝ちである。

 意外と楽しかったので日が暮れるまで遊び、途中からはレギオンも参加して大所帯でのプレイとなった。


 しかも、レギオンの豪運はミリオネルシアを負かすほどであり、最終的にはミリオネルシアの手元には一シルバーも残らなかった。


「ルシアちゃんはそろそろ帰らないと。みんなもおうちに帰ろうね! 今度遊ぶときまでみんな……『――健やかでありますように』!」


 最後に柏手かしわでを鳴らしたミリオネルシアは、些細な権能を発揮する。

 それはミリオネルシアを象徴する神話の通り、子どもが成人するまでの間、少しだけ怪我や病気に罹りにくくなるささやかな加護であった。


 加護を与えた彼女はいつの間にか姿を消しており、僅かな神々しさが余韻として残るばかり。

 それもすぐに消えてしまったので、子どもたちは何が起きたのか判らないだろう。

 やがて、彼らは戸惑いつつも帰宅していった。


「(あ、私にもくれるんだ)」


 そして、セナも子どもだと判断されたらしく、【疫病の加護】の隣に【童心の加護・微小】が追加されている。

 改宗によるモノではないため、二つの加護は上手く共存しているようだ。


「(――私は女神様一筋だからっ!)」


 心の中でそう言い訳しても神々には届かないが……女神の恩寵が反応していないので許されているはずである。

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