78.原種のアルラウネ
ホルンに勝利したセナは、決勝まで時間があるので先に用事を済ませることにした。
その用事とは、【魔界アルラウネの苗】のことである。
「よオ、今度はどんな面白い出来事を携えて来たんダ?」
自分なりに調べはしたものの、セナ一人でできることは限られている。
ならば、自分より知識を持っている人に訊けばいいじゃないかと思いついたのだ。
……だが、指名手配を受けている彼女に親切にしてくれる人物など、“烙印狩り”の連中かマクスウェル以外いないだろう。
だから、セナはマクスウェルの魔法店にやってきた。
そしてマクスウェルは、相変わらず人形に憑依した状態で店主をしている。
「これについて教えて欲しくて……」
セナはインベントリから【魔界アルラウネの苗】を取り出し、マクスウェルに見せる。
人の頭ほどある鉢植えに植えられた【魔界アルラウネの苗】は、まだ芽が出たばかりの状態ではあるが、中央に卵のような膨らみが存在している。
「おオ、原種のアルラウネとは珍しいナ」
「原種……?」
「あア。アルラウネってのは元を辿れば魔界で誕生した種ダ。魔界は太陽の届かぬ地、彼岸と此岸の狭間とも呼ばれている呪われた場所でナ……」
ごくり、とセナは唾を飲み込んだ。
そんな恐ろしい場所で誕生したモンスターなら、さぞかし凶悪なのだろう。
「――まあぶっちゃけるト、魔大陸の地下のことなんだがナ。古代の遺構でこっちの大陸と繋がっている箇所があるから、漂流した挙句、あの世に繋がってると勘違いした輩も多いんダ」
「……」
「んでそのアルラウネだガ、原種は手がつけられないぐらい凶暴なんだヨ。植物も生物も見境無ク、近くにいる生き物全部喰おうとするんダ」
魔界が大陸の地下であることに少し落胆したものの、やはり凶悪なモンスターなのは間違いないようだ。
猛獣より危険なモンスターかもしれない。
「それって……テイムしてもですか?」
「テイムしていてもだナ。魔界にいるアルラウネは主だろうが容赦なく喰ウ。けどそれハ、太陽が存在しない魔界だからこその生態でもあル」
「……?」
「地上にいるアルラウネは、魔界と違って非常に穏やかで暢気なんダ。栄養豊富な大地に根を張っテ、太陽の光を浴びられるからナ。食欲が満たされているかラ、他の生き物を襲う必要がないんだヨ」
マクスウェルは中央の膨らみを撫でながらそう言った。
「つまりこいつはほぼ無害、腹が空かない限り暴れはしないだろうサ」
曰く、魔界にいるアルラウネは不足している栄養を補うために捕食行為を行うのだそうだ。
水と日光があれば成長できる植物なのに凶暴化する理由は、偏に栄養不足が原因であると。常に空腹だからこそ見境無く襲って捕食するらしい。
ということなので、セナは安心した。
それなら地上にいるうちは襲われる心配も無いし、暴れることもないだろう。……肥料と水さえ尽きなければ。
「買ってくカ?」
「……上質なやつでお願いします」
「おうヨ」
この街の店では普通の商品も取り扱っていたらしく、セナは少し高級な肥料を樽で購入した。
水はその辺の川で幾らでも取れるので、空っぽの樽があれば十分だろう。
スコップはオマケとして付いてきた。
「今の状態でも肥料はあげといた方がいいゼ。その方が早く育ツ」
アドバイスされた通り、セナは早速肥料と水を与えた。
実は、苗の状態でもぴょこぴょこと動いていたので、意識はあるのだろう。
「(……刷り込みかな)」
孵化した鳥は最初に見た者を親と認識する、という話をどこかで聞いたことがあるセナはそう思った。
実際、植物系モンスターは苗の時から肥料を与えたほうが懐きやすい。
とはいえ、テイムできる状態にまで成長するのは当分先だろう。モンスターとはいえ植物なので、気長に待つしかない。
「――ところデ、そいつの調子はどうダ? 見たとこロ、進化を遂げているみたいだガ」
「それは……」
セナは逡巡したが、この人なら多分大丈夫だろうと判断し、経緯を説明した。
「……なるほどネ。上位のドラゴンを捕食した上でユニークモンスターも食べてるのなら納得ダ」
「食べたっけ?」
「たぶん……?」
セナとレギオンは首を傾げたが、マクスウェルはユニークモンスターを捕食したと断言する。
「ほんの僅かでも体内に取り込めバ、それは立派な捕食だゼ」
「だってさ」
「じゃあ食べた」
レギオンの影は、彼女の一部である。レギオンがユニークモンスターへと進化したのは、【黄金色のミリオネア】を斃した際にこの影で絞め殺したからだ。
些細な捕食にすら気付けないほど、レギオンはより大きな群れへと拡大していたのである。
「ふむふム……人間らしさも表出してきているナ」
「……も?」
「人間をベースに作られたキメラだからナ、人間らしくなるのは当然のことダ。まア、根本的にはモンスターのままだろうガ……」
何かを危惧しているのか、マクスウェルは思案を始めた。
レギオンは元々、マクスウェルの理論を基にした設計図で作られたため、理論提唱者である彼女だから気付けるものがあるのだろう。
しかし、それをセナに教える気は無いようで、問われてもはぐらかすだけだった。
「――ああそうダ、言い忘れていた」
いつの間にか時間が経っていたので帰ろうとした矢先、マクスウェルが思い出したように言う。
「シャリアの試練を突破したことヲ、七賢人の一人として言祝いでやろウ。このオレ、無限のマクスウェルの試練に挑戦する権利付きでナ。その時を楽しみにしているゼ」
そして、マクスウェルは去った。
憑依に使っていた人形はそのままなので、魔大陸に戻ったか、別の街の店に移ったのだろう。
「……行っちゃった。どうせなら色々訊きたかったのに」
「レギオンよりもレギオンに詳しそうだから、レギオンも訊きたいことある」
しかし、それらの疑問は試練を乗り越えない限り教えてくれないのだろう。シャリアのように何かしらの制限を課しているのか、それともただの気まぐれか。
いずれにせよ、魔大陸に行かなければ解決しないことである。
まだ先のことだとしても、やらなければならない目標が増えた瞬間であった。
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