されど敵地は未だ遠く

カウベリー

されど敵地は未だ遠く

 これまで頑張ってきた私たちのパーティーだったが、魔王戦直前になって勇者が戦士と魔法使いの間で二股をかけていたことが判明し、修羅場となった。

 この世の終わりである。



 「アンタ、私に魔王を倒したら結婚しようって言ってたの嘘だったわけ!?」

「ねえ……勇者さん、嘘ですよね!? こんな五月蝿いだけの女となんてちょっと魔が差しただけなんですよね?」

「はあ!? 五月蝿いだけって、いい加減にしなさいよこの根暗女!」

 魔物だらけの魔王城の中でも比較時安心して休める休息室。だが、そんなオアシスも今は全く安心できない殺し合い一歩手前の修羅場と化していた。戦士は勇者に詰め寄るし、魔法使いはヤバい目をしながら戦士を貶しているし、勇者は顔を真っ白にさせながら訥々と言い訳をしている。私はといえば火の粉が降りかからないように、気配を消して事の行く末を見守っていた。職業選びでシーフを選んだ過去の自分を褒めてやりたい。

 アイテムの所持数を確認しながら三人の言い争いに耳を傾ける。流石にそろそろ間に入った方がいいかと思った瞬間、魔導士が液体の入った瓶を戦士にぶつけた。ガラスが割れ、液体が降りかかった瞬間、戦士が苦しそうにもがき始める。

「なっ、息が、急に……!」

「お、おい! 大丈夫かよ!」

「貴女が悪いんですよ……貴女が私達の邪魔するから!」

 慌てて回復薬を戦士に渡そうとした瞬間、激昂した勇者が魔導士を剣で刺してしまい、切られた魔導士は驚きながらも最後の力を振り絞って勇者を突き飛ばす。すると、勇者は当たり所が悪かったのか壁に頭を打ち付けるとそのまま動かなくなってしまった。

「うそー……」

 動かなくなった三人の死体を前に私は呆然とする。いや、死体を教会に運べば蘇生は出来るのだが、問題はシーフの私が、どうやってこの敵だらけの魔王城を抜け出すかと言うことである。こちとら暗殺や不意打ちは得意分野だが、棺桶三つも背負って暗殺もクソもない。かといって死体をここに置いて脱出するわけにもいかない。痴情の縺れで死んだクソ勇者であっても人類の希望だったのだ。それをみすみす死なせて手ぶらで帰って見ろ、肩身が狭いなんてものじゃない。下手すれば迫害されてしまうだろう。つまり、私の残された道は二つ。三人分の死体を担いでこの魑魅魍魎が跋扈する魔王城を抜け出すか、迫害されることを覚悟でここから一人で逃げ出すか。

 即ち、詰みである。

「おやつやつやつ八つ時のー、今日のおやつはショートケー……」

「あ」

「え!? ……誰!?」

 頭を抱えて悩んでいると、唐突に部屋のドアが開く。変な歌を歌いながら入って来たのは頭に立派な角がついた青年だった。思わず声をあげると、青年は驚いたようでこちらを振り向き、私の存在を確認して再び驚いていた。本来なら先手を打って攻撃するべきなのだろうけども、最早私は色んなことが同時に起きすぎて思考を放棄していた。

「え、ってか知らない死体がある! え!?」

 青年は私を見て、それから部屋中を見渡すと困惑したようにそう言った。そして少し考えた後、納得した顔でこちらを指さしてからこう言った。

「殺人鬼!」

「冤罪です」

 するりとそんな言葉が即座に飛び出した。思考を放棄していた私も、流石に痴情の縺れで勝手に死んだ馬鹿達を殺したことにされるのは我慢ならなかったらしい。

「え、じゃあなんで死んでるの?」

「……なんで……ですかね……」

 青年の言葉に私はそう答えた。いや、経緯を説明することは簡単なのだがあまりにもバカバカしすぎて説明する気が起きないのだ。とはいえここは魔王城、すなわち他人の家。目の前の彼は恐らく魔族だろうし何が起きたのか知る権利がある。私は半ば自棄になりながら事のあらましを全て説明した。すると、目の前の彼は同情するような視線を向けてきた。頼む、そんな目で私を見ないでくれ。

「魔王様! おやつであればこの私が……」

 気まずい空気の中、再び室内に誰かが入ってくる。その男は一見すると人間のようだったが、よく見ると歯が人間とは思えない程鋭い。コイツもまた魔族なのだろう。

 新しく入って来た魔族は私を見て、それから死体を見て、顎に手を当ててて首を傾げてから何か思いついたようで。片手をグーにして掌に打ち付けてから、私を指さしてこう言った。

「殺人鬼!」

「違います」

 先ほど青年とやったやり取りと全く同じである。不思議そうな顔をしている男に角の青年が事情を説明すると男もまた、こちらを同情するような視線を送って来た。これも先ほどと全く同じ流れである。

「というか拘束とかしなくていいんですか? 一応私人類なんですけど」

「まあ君そこまで強そうでも――」

「人類だと!? そう言うことは早く言え!」

「声デカッ」

 私が人間であることを告げた瞬間、歯の鋭い男……牙男でいいか、牙男が指をパチンと鳴らす。するとあっという間に私は縄で体全体をぐるぐる巻きにされ、そのまま床に転がされた。角の生えた青年、角男はあちゃーと言う顔で顔に手を当てている。

「ふははははは! いい気味だな人間よ! 卑怯な手を使って魔王様に近づこうとしたのだろうがそのような小細工が通用するとでも思ったか!」

「デカいデカい声がデカい」

 敵を捕まえたことで気分が高揚したのか牙男は笑いながら大きな声でそう言った。というかマジで声がでかい。魔族が全体的に声がでかいのかと思ったら角男も耳も塞いでるので単純にコイツの声がデカいだけらしい。

「あのー、フカ。多分その子はそこまで驚異じゃないからそこまでギチギチに縛らなくても」

「何を言いますか魔王様! 人間どもは卑怯です! 一見非力でも何をしてくるか分からないのですよ!」

「うぉ……う、うん、そうだね」

 角男も声の圧に押されちゃってるじゃん。というか、さっきから気になっていたが角男って魔王だったのか。道理で豪華な服を着ているなと思った。

「えーと、人間?」

「あ、名前はエラです」

「じゃあエラ。一応いろいろと聞きたいことあるから尋問室に連れてくね。素直に答えてくれれば痛いことはしないから」

 そう言って縛られた私を角男――いや、魔王がひょいと持ち上げる。すると、フカと呼ばれていた男が途端に床に崩れ落ちた。何事かと思い目を見張ると、フカが今日一番の大声で叫ぶ。

「俺も……魔王様にだっこしてもらいたい!」

 今度は私が魔王に同情の視線を送ることになった。



 「じゃあ、今から質問していくから正直に答えてね。言っておくけど、嘘ついてもすぐに分かるから」

 あの後、慣れたようにフカを宥め、そのまま三人で尋問室と言う名の応接室へと入った。だってどう見ても尋問と言う言葉とは不釣り合いな内装だし、今私が転がされているソファーもふかふかである。仮にここが本当に尋問室だとしたら客間などもう天国のような心地よさになっているに違いない。

「じゃあまず、改めて名前と職業、それから何で魔王討伐パーティーに入ったか聞こうかな」

「名前はエラ、職業はシーフで、暗殺や不意打ち、ピッキングなんかが得意です。といっても人間は殺したことが無くて、主な獲物は野生動物です。魔王討伐パーティーに入ったのは純粋にお金が欲しかったからですね」

「お金ね。借金でもあるの?」

「いえ。妹が大変賢いので高等学院に入れたいのです。その資金を集めるためですね」

「へー。家族思いなんだねぇ。ちなみにさっきの勇者たちの死因は本当?」

「本当です」

「本当なんだ……」

「ふん、人間は愚かだな!」

 ぐうの音も出ない。

「そういえば君は巻き込まれなかったんだねぇ。その修羅場に」

「必死に気配を消してましたからね。下手に口を出すと悪化する可能性があったので。まあ実際は口何て出す暇も無く三人死んで途方に暮れていたわけですが」

「大変だったね。でも、人間って確か教会に行けば蘇生できるんでしょ?」

「死後一日経って無ければ、ですね。肉が腐敗し始めたり白骨化した死体は流石に蘇らないので、そういうルールが決まってます」

「へー。じゃああの三人もまだ間に合うってことね」

「はい。……あのお願いがあるんですが」

「なに?」

「あの三人を近くの村まで運んで行ってもらえませんか?」

 私がそうお願いした瞬間、場の空気が一気にピリついたものになった。魔王の口元に笑みが浮かぶ、ただそれはただの笑みではなく嘲笑の意を含んでいた。

「理由だけ聞いておこうかな」

「あの三人は腐っても勇者とその一行です。死んだのは自業自得ですが、外野は何故勇者が死んだのかに対して魔王に倒されたと思うでしょう。そうしたら人間側はより恐怖心と敵対心をあなた方に持つようになり、大規模な戦争を始めるかもしれません。これに私の妹が巻き込まれるかもしれない。それは避けたいのです」

「我々にメリットが無いように思えるが?」

「聖剣のありかを教えます。……聞きたいですよね? 人間側の最終兵器、失われた超文明によって造られた八つの遺物のうちの一つ。私はそのありかを知っています」

「魔王様! このような奴の口車に乗ってはいけません! きっと何か企んでいるに違いありません!」

「うるっさ! 頭上で喋るな鼓膜が破れるわ!」

「……うん、良いよ。君の願いを聞いてあげよう。ただし条件がある」

「魔王様!?!? いったい何をお考えですか!!」

「鼓膜がぁー!」

「うん、一旦黙ってもらっていいかなフカ。話が進まないから」

 魔王がそう言った瞬間、フカがぴたりと静かになった。良かった、あのままだったら真面目に耳がどうにかなるところだった。

「それで条件の話なんだけど、君の仲間の運搬と聖剣の確認を同時にすること。町まで運んだ後、聖剣がありませんでしたじゃ困るからね」

「嘘は分かるんじゃなかったんですか?」

「分かるよ。でも真実かどうかを見極める能力ではない。例えば君たちの知らない間に聖剣が取られていたら? 君が嘘をついていないことは分かるけど、そういう意図しない出来事もあるからね」

「成程。でも、さっきも言った通り一日経ってしまうとその時点で蘇生は不可能になってしまうんです。聖剣のある場所は迷宮の奥、さらに言うと毎回入るたびに地形が変わるダンジョンです。短くても一週間はかかると思います」

「そこは僕の魔王パワーで何とかするから」

「急にテキトーになりましたね」

 まあ、ここまで色々と質問しておいて何だが私はこの提案を受けなければならないだろう。何せこの交渉の場において圧倒的に不利なのはこちらなのだ。ここでわがままを言ってじゃあ止めますと言われて困るのは私の方なのである。むしろ、ここで無理難題を吹っかけてこない辺りこの魔王は善人寄りだ。人じゃないけど。

「分かりました。その条件を受けます」

「よし、交渉成立だね。じゃあ時間もないし案内してもらおうかな。フカ、君はあの三人の死体を運んでもらう。連絡は鏡通信でとろう」

「ハッ! このフカ、魔王様のご命令とあらば全力で取り掛からせていただきます!」

 そう言ってフカはあっという間に部屋を飛び出していった。声量と言い、足の速さと言い、まるで嵐のような奴である。

「じゃあ、僕たちも行こうか」

 魔王が私の側に近寄ると、人差し指をまるでナイフのように縄の上で滑らせる。すると、手を縛っている縄以外はまるで切られたかのようにハラリと落ちていった。

「おおー、これも魔王パワーですか」

「いや、これは魔法だね。魔王パワーは何ていうか、もっとこう、力が強いんだ。こんな繊細なことはできないよ」

 魔王の手を借りて立ち上がる。すると彼は部屋の棚から地図を取り出してきて、机の上に広げた。

「それで、聖剣のある場所ってどこらへんかな。大体でいいんだけど」

「えーと、確か森の中に入口があったのと、あの時は南下中だったから……あ、ここですね。恐らく」

 そう言って私が縛られた手で指さすと、そこに魔王がピンを立てた。そしてしばらく考え込んだ後に思考がまとまったようで顔を上げる。

「転移で行く。このあたりなら町も遠いし人目に付かないから多分バレないだろう。エラ、魔術転移の経験は?」

「町に設置されている大規模なやつなら」

「なら話は早い。僕が良いというまで決して手を離さないでね」

 そう言うと、魔王は私の手をぎゅっと握ってブツブツと呪文を唱え始めた。視界が揺れる。ぼんやりと霧がかかったように景色が見えなくなったと思うと、魔王城の尋問室から鬱蒼とした森の中に私達は立っていた。

「はい、もう良いよ。それで、聖剣はどこにあるのかな」

「ああ、ちょっと待っててください。前来た時に傷跡を残してので、それがあれば……お、あった」

 木にナイフで付けておいた矢印を見つけ、それを辿っていく。すると、急に開けた場所に出たかと思えばそこには巨大な石棺のような物が置いてあった。

「この石棺の蓋を開けると、地下に続く階段があります。そこから迷宮につながっており、踏破したものだけが聖剣にたどり着けるという訳です」

「ふむ。地下なら都合がいいね。ちょっと下がっててくれ」

 何をするのかと思いつつ、彼の言う通り後ろに下がると、魔王はしばらくその場で土の感触を確かめるように足踏みをしていた。そしてゆっくりと石棺の周りを一周すると、最後に右足を軽く上げる。

「よっこい、しょ!」

 ――足を下ろした瞬間、彼が歩いた円の中の地面だけがきれいに轟音を立てて陥没していった。しばらくの間、地響きが続き、鳥たちがそこらじゅうの木から何事かと飛び去って行く。やがて、それが収まると、地面には一つ大きな穴がぽっかりと開いていた。

「魔王パワーすげー……」

 あまりにも圧倒的な力を前にして、私はそう呟く事しか出来なかった。



 魔王の力で開いた穴を、これまた魔王の力で浮遊しながらゆっくり降りていく。やがて、地面に降り立つとそこには石の台座に刺さった神々しいロングソードがあった。丁度穴から差し込む太陽の光も相まってまさしく『聖剣』という感じである。

「なるほどー。これが噂の」

 そう言って魔王が持ち手を掴んで引き抜こうとした。が、先ほど圧倒的な力を見せたにも関わらず魔王が両手で思いっきり踏ん張ってもビクともしない。そう、この聖剣は。恐らく何かしらの条件に合う者にしかこの聖剣を持つことは出来ないのだろう。

「や、まあ、聖剣のありかを知ってるのにそれを君たちが持って無いってことは何か理由があるんだろうなぁとは思ってたけどね」

「嘘は言ってませんよ。私は場所を教えるといっただけで手に入るとは言ってません」

「策士だねぇ。でもこっちとしては場所を知れただけでもありがたいから別にいいんだけど」

 そう言って魔王はポケットから鏡を取り出すとそれに向かって何か喋りはじめた。フカのデカい声が聞こえるし、多分彼と連絡を取っているのだろう。ただの鏡にしか見えないが遠く離れた相手と喋ることが出来るなんて随分と画期的なアイテムだ。

 ……遠方と連絡を取れるアイテムに、忠誠心の厚い部下、そして魔王の圧倒的な力。何もかも人類側には足りないものである。薄々気がついてはいたのだが、こうも目の前でまざまざと見せられると勝てるかもなんて気の迷いは潰される。それこそ聖剣の力を手に入れない限り、同じ土俵にすら立てないだろう。まあ、こんな聖剣を頼りにしている時点で突然空から大金が降ってこないかなと言っているのと同じである。

「ねえ、エラ。せっかくだから君もやって見なよ」

 ふと、魔王がそんなことを言い出した。まあ抜けるわけがないが記念としてやっておくのはありだろう。拘束されたままでも剣の柄を握ることくらいは出来るので、両手でぎゅっと握ってから軽く上に引っ張る。思ったよりも軽い感触に疑問を抱いたその瞬間。

 あっけなく聖剣は台座から離れた。つまり抜けたのである。

「……え」

 呆然とした私の耳に魔王の間抜けな声が聞こえて、急いでもう一度剣を台座に刺す。そしてゆっくりと柄から手を放して振り返った。

「え、今抜けて、え?」

「嘘です」

「え? 嘘って何?」

「いやだから……嘘です」

「聖剣が抜けたことに嘘も何もなくない!? 大丈夫だよ? そんな直ぐに殺したりしないよ」

「で、でも監禁したりは……?」

「それは、まあ、流石に放っておくわけにはいかないからこのまま魔王城には連れ帰るけど」

「わぁ……」

 事故だ。完全なる事故である。何故よりにもよって敵の首魁の前で抜けてしまうのか。というか何故私なんかがこんな大層な代物を引き抜けてしまえたのか。もっとこう、高潔な精神の持ち主とか代々受け継がれる特別な力を持った一族とか、そういう人たちだろ普通は。こちとら歴史も何もない、普通の一般人だぞ。

「参ったなぁ。完全に想定外だぞこりゃ……」

「あの、殺すときは出来れば遺体は家族のところに返してください……。死亡判定が出れば保険金が出るので……」

「だから殺さないって。……そうだ!」

 魔王はいいことを思いついた、と言うような顔をすると私の手の拘束を解いて、私の手を使って聖剣を握らせた。そして、そのまま引き抜かせてから何と魔王の――つまり自分の体を聖剣に貫かせたのである。

「んょぇわーーーー!?!?」

「んふっ、ちょ、面白すぎるでしょその叫び声」

「あ、ああのあのあのあの! 死ぬ! 死にますって!」

「大丈夫大丈夫。ちょっと待ってね……。はい、もういいよー」

 体を刺されているとは思えないほどの呑気な声でそう言うと、今度はずるずると聖剣を引き抜かせていく。あふれる赤い血、傷跡から見えるグロテスクな肉、獣を狩って捌くなんて日常的にいいからやっているはずなのに、血の気が引いていくのが分かる。私の手から彼の支えが無くなった時、聖剣を持つ力はすでになく、床に重たい金属音が響いた。

「はい。じゃあ今度は飲んでね」

「んえ!?」

 かと思えば今度は私の顎を右手でガッと掴まれて、その腹から滴る血を魔王が左手で掬い、口の中に無理やり流し込んでくる。口内に錆びた鉄の味が広がり、異物を吐きだろうとしてむせる。だが、口の中に指を押し込まれ、少量ではあるが魔王である彼の血を飲んでしまった。

「ごほっ、げほっ」

「はい、お疲れ様! 頑張ったね」

「あ、あの一体何を……」

「君を僕の眷属にしました」

「はい?」

 眷属。その言葉に脳が理解することを拒んで聞き返してしまった。だが、追い打ちをかけるように魔王が話し始める。

「君の命は僕が握ってます。君を生かすも殺すも僕次第ってことだね」

「やっぱり殺し」

「ません。君が僕の『お願い』を聞いてくれるうちはそんなことしないよ」

「じゃあその『お願い』ってのが人類抹殺とか重要人物暗殺とか」

「そんな難しいものじゃなくてもっと簡単なものだよ。エラ、君には女優になってもらう」

「……ん?」

 魔王によると話はこうだ。魔王は人間とあまり事を構えたくない。何故なら負けるのは論外だが、勝ったら勝ったで仕事が増えて大層面倒くさいのである。そのため、時たま人間から送られてくる勇者なる刺客も来たら適当に叩きのめしてそこら辺に放っておいたのだが、流石に私のような聖剣を持った人間ともなるとそういう訳にもいかない。何故なら遺物を扱えると知った人類たちが調子に乗って戦争を仕掛けてくる可能性があるからである。

 ならば、聖剣の所持者に国からの要求を突っぱねられるようなカリスマ性と強さを持ってもらい、『魔王との戦いは自分だけで行う』と言ってもらえばいい。そのためには聖剣の所持者――すなわち私を新たな勇者として希望の象徴にしなければならないのだ。

「まずはギルドのクエストを受けるでも、困ってる人を助けるでもいいから民衆からの人気を集めて。そうすれば民衆からの人気が上がるし、同時に君の実力も示せる。僕の眷属になったから身体能力も上がってるしね。そうそう、定期的にここに来てもらうから。『魔王をあと一歩のところで倒せなかったが深手は負わせることが出来た』って言えば実績も作れるしね」

「つまり、八百長をしろということですか」

「まあ早い話がそう言うことだね。君には『魔王にあと一歩届かない聖剣の使い手』を演じてもらう。あ、人間の仲間は作らないでね。バレると困るから。でも安心してよ、フカも人間に擬態させて旅に同行させてあげるからね」

「安心できる要素ではないと思うんですが……あの、ちなみに断ったら」

「死ぬか一生魔王城で監禁かな」

「全力で務めさせていただきます! あ、あともう一つ質問なんですけど……」

「なあに?」

「あの、血を飲ませるだけだったらわざわざ私の手を使って聖剣で腹を刺す必要なくないですか?」

 私の質問に魔王はそれはそれはいい笑顔でこう答えた。

「エラって凄いリアクションが面白いから、どうなるか見てみたかったんだよー」

 さいですか……。



 かくして私は魔王の眷属でありながら、魔王討伐の旅をするという奇妙な事態となった。任務の前金として妹の入学費用を工面してくれたのは正直とてもありがたいが、それはそれとして聖剣の使い手というプレッシャーが重すぎる。あと、元々シーフだったのでロングソードの扱いに慣れておらず、フカに訓練を頼んだのだが……こいつは人間にやたらと厳しいのでいきなり実戦させてくるわ、訓練でボコボコに叩きのめしてくるわで手加減と言うものを知らない。だが、指導だけは的確で剣の腕が徐々に上達してきているので文句は言えない。世知辛いものである。

「……フカ、次魔王城に行くのはいつだっけ」

 野宿中、鍋から飯を良そうフカにそう聞くと「三か月後だな」と短く答えが返ってくる。

「どうした、まお……かの御方が恋しくなったか」

「いや」

「ちなみに俺は寂しいぞ」

「そう……」

 フカのどうでもいい魔王様談義を聞き流しながらスープを啜る。私はと言えば旅の最初は色々と悩んでいたものの、全部魔王が悪いのではという考えに至り、今はアイツに文句を言ってやることをモチベーションとしている。八つ当たり気味なのは分かっているが、こうでもしないとやってられないのだ。

 しかし、奴に会うまであと三か月。

「遠いなぁ、三か月」

「うむ、遠いな」

 おそらく私とフカの言葉に込められた気持ちには明確な違いがあるが、面倒くさいことになるので敢えて指摘はしなかった。頭の中でヤツと会った時のシミュレーションをする。そうだな、まあ……あの時、傷など問題なしと言わんばかりに元気だったから、もう一回くらい聖剣で刺しても許されるだろう。多分。

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