第二十話・漠たる不安
待ち合わせをしてデートするのが新鮮だったり、私の話を遮らず最後までちゃんと聞いてくれることが当たり前なんだと知ることに驚いたり。
私は、ささやかな幸せを満喫していたし、順調な恋愛に慣れ始めることで安定した気持ちを保ち続けられていた。
「俺も来春になると働きはじめて三年目になる。実家を出ようかと思って」
「そうなんだね。自立するのは良いかもしれないけど、お母さんは寂しがるかもしれないよ」
「いや、一人暮らしじゃなくて、実穂さんと一緒に暮らしたい、と思ってるんだけど……」
谷くんの言葉に戸惑ってしまって、顔をしかめてしまう。戸惑いというより、嫌悪感に近いものかもしれなかった。春哉との暮らしがよぎったのもある。それだけじゃない。
私の心身の状態、安定しているとはいっても、まだ先はわからない。谷くんの収入だけで一緒に暮らすのは難しいのかどうなのか、いろんなことを考えてしまった。
「実穂さんは、無理に働かなくていいよ。体調心配だから」
優しい谷くんと一緒にいたら、それだけで幸せなんだと思う。でも、不安というのは幸せでも溢れてくるらしい。
「うん。ありがとう。でも、もう少し考えさせて」
春哉とのことがなければ、手放しで喜ぶ話なんだと思う。幸せと不安がぐちゃぐちゃにある。
こずえさんや栞里に相談したら、開口一番、『しなくていい心配してるよね』と言われた。生活保護をやめるきっかけになるわけだし、今の状態を考えたら最善といえる話だと。
こっとんで今以上に働けるようになる。保護費は入らなくなるけど、後ろめたい気持ちはなくなるだろう。
「
と、主治医からは言われてしまう。
先のことなんて、誰でもわからないものですよ、とも。
私は色んな人から背中を押され、谷くんと一緒に住むことにした。
二人が住むことになったのは、2LDKのアパート。谷くんの職場まで車で十五分、かふぇこっとんまで徒歩四分の場所にある。
谷くんの収入で出来るだけ生活する。私のバイト代は、なるべく手を付けない。体調の変化を伝える。お互い、無理しない。
いろいろ決めるようにしたのは、谷くんのお母さんからのアドバイスだった。何かあれば、谷くんのお母さんにも相談すること。
私は見えない不安より、目に見える大切な人たちとの今を生きている。
そう思うと、不安感はうすらいでいった。
漠たる不安は、私の深層に隠れていただけで消えたわけじゃないとわかったのは、同棲し始めて八ヶ月くらい経った頃だった。
谷くんは、残業で帰りが遅くなる日が続いている。そんな中、この町に台風が上陸した。
残業だから仕方ない。わかっているのに、理解がおいついていない。疑心暗鬼になっていた。
気圧の変化で具合が悪く、寝つけない日も続いていた。春哉と一緒に居た頃の途切れた記憶を、なぜか思い出してしまい、酷く自分を責めていた。それでも私は、谷くんの前では、平気なふりをする。
「強がってんなあ。我慢しなくていいだろ。我慢せず、吐き出せよ。俺しか聞いてないからさ」
話し方は、いつもの優しい谷くん。でも私は、それが上っ面のように聞こえていて、ヒステリックに応えてしまった。
「我慢させてるのは、谷くんでしょう?」
泣きわめき、暴れたんだと思う。記憶がとんでいた。
目が覚めたとき、私は病院にいた。
部屋で暴れて、薬袋から睡眠導入剤を二週間分飲み干したらしい。
私は入院することになり、同棲の解消を、谷くんのお母さんに伝えたようだった。
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