第十九話・嬉し泣きと幸せな日々

「ちゃんと言ってくれてありがとう。俺の負担になるかどうか? それ、実穂さんが心配することじゃない。そりゃあね、俺のほうが少し年下だし、社会人一年生だし、そういうの考えたら頼りにならないんじゃないかってなるだろうけどね。こう見えて、俺。ぬくぬくと生きてきてないよ。不幸自慢しじゃなくてさ。って言っても、苦労してたのは母親なんだけど」

 その言葉に、私は顔をあげる。至近距離で、谷くんの顔が見えた。

「お母さん?」

「親父がひどいやつでさ。母さんと俺は、県内の団地やアパートを点々としてた。見つかったらすぐ逃げての繰り返し。ギャンブルと暴力が原因だね。実穂さんをみてると、なんとなく、昔の母さん見てるようで、危なっかしくて。今、話を聞いて、やっぱりそうかって思った。でも、母さんみたいだからほっとけないってのは最初だけで、今は、ほんとに好きだから」

「うん」

 私は友達を強調して見て見ぬふりをしていた。でも今は、谷くんの言葉をちゃんと受け容れたいと思う。私の気持ちも、同じように受け容れたいと思える。

 ずっと気持ちをおさえてきたせいか、谷くんの言葉が嬉しすぎて、涙が溢れてくる。

「嬉し泣き?」

 谷くんは、そう呟いて微笑んだ。その言葉で我に返り、谷くんから離れてシートにもたれた。

「これからは、思ってること、お互いに伝えていこう。実穂さんは、我慢しすぎるから。時間はこれからいっぱいあるから、焦らずにね」


  ✳  ✳  ✳


 谷くんの落ち着いた声が、私の心を穏やかにしてくれた。私の心にきちんと寄り添ってくれて、自然に身体を預けられた。

 谷くんと付き合うようになって一年半が過ぎた。一緒に住む話が出たとき、私は初めて、得体のしれない不安に苛まれることになった。

 あの雨樋は、あの頃の谷くんとも言えるのかもしれない。

 少しだけ雨足が穏やかになっているようだった。でもまだ、夜は明けない。



 

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