第十三話・変化
「どうぞ」
こずえさんの淹れたコーヒーは、これで二回目だった。
こずえさんは、コーヒーを淹れるのが好きなんだと思う。鼻歌を口ずさんで、心から楽しんでいるのが伝わってきたから。
一口、二口。前に飲んだ時より、すっきりした後味。苦味というより甘いような。こんな風に味わって飲むのは、初めてだった。
「良かった。希望通りの味だったみたいね。すごく良い顔してる。嬉しいなあ」
こずえさんは、そう言いながら他のお客さんのところへ行った。
口にしたものを美味しいと感じるのは、何年ぶりだろう。こうやって取り戻していく、いろんなことを当たり前に感じていけるんだ。それなら、焦って仕事しなくても、良いのかもしれない。鈴木さんの言葉、『周りに甘えていい』というのは、そういうことかもしれない。
知らないうちに涙が溢れている事に気付いて、バッグの中のハンカチを取り出そうとしていると、「あ、新原さん。来てくれてた……ん、ですね」と、私の顔を見た谷くんに、戸惑いながら言われてしまった。
「何かありました?」
谷くんのうろたえぶりが、少しおかしくなって、私は泣き笑いに変わっていた。
「泣いてる人みたら、ほっとけないだけです。笑わないでくださいよ」
ふくれっ面の谷くんは、そう言いながら、奥の厨房に入っていった。
ハンカチで目を軽くおさえてから、残りのコーヒーを飲み干す。少し、心が軽くなったような。
「ね、試作のドレッシングあるんだけど、感想聞かせてくれる? それと、野菜で食べられないものある?」
こずえさんがいつの間にか戻ってきていて、声をかけてきた。
「特にないです。ドレッシング、手作りなんですか?」
「ときどき作るのよ。地元の良い野菜が手に入った時や、良い事あった時に」
「良い事、あったんですか?」
「美穂さんが、店に来てくれたからね」
こずえさんの話しぶりは、まるで恋する乙女のようで、私はその乙女に墜ちた少年のような気持ちになってしまう。
「新原さんの照れ笑い、かわいいですね」
谷くんが、ひょいっとこずえさんの隣に立ち、私を見てくる。
「谷くんが、女の子を褒めたの初めて見たよ。君でもそんな事言えるのね」
こずえさんの驚いた顔に、谷くん自身も驚いていた。
「うわ、はっず」
「じゃあ、私はサラダを用意してくるから、谷くんは実穂さんにお冷をお願いね」
にやにやしながら、こずえさんは厨房に去って行く。
そんな感じの、二回目の『かふぇこっとん』から、私の心はさらにほぐれていったのだった。
週に一度くらい、私は『かふぇこっとん』に行くようになっていた。サラダとコーヒーだけのオーダーでも、こずえさんは歓迎してくれる。こずえさんには、私の今までの話を打ち明けていた。こずえさんの過去も、以前聞いたものより詳しく聞いた。こずえさんの休みの日に、二人でドライブ行くようにもなっていて、親密さは増しているように感じる。
この町に来て、二年目が過ぎていた。心療内科の主治医から、そろそろ仕事探してみても大丈夫かもしれないね、と言われるくらいになった。
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