第八話・振り返る(其の五)

 一息つきたくなった私は、湯呑に手を伸ばした。それを見てなのか偶然なのか、鈴木さんも湯呑を手にした。

 温くなったお茶を半分だけ飲んだ。

「冷たいお茶と熱いお茶、飲めなくなったんです。コンビニ行っても、常温のお茶かお水しか買いません。殴られた後、口の中が痛くて温い飲み物しか受け付けなくなっていました。それからの癖みたいです」

「うん。そういう癖は、根づいちゃうわね。でも、忘れてしまってる自分に、突然出会ってしまって驚いちゃうものよ」

「そういう話、聞いたんですか?」

「そうね。今までの利用者さんで、居たわね」

「そうなんですね。なんだか、希望がある話で、嬉しいです」

 そして私は残りのお茶を飲み干した。

「話、続けますね」

 私は、どこまで話したかを確認するため、鈴木さんの書いた時系列を眺めた。まだ、先が長い。

「眠るのが怖かったので、睡眠導入剤は飲んでませんでした。軽い安定剤だけ、お守りのように飲むようにしていて。栞里から週に数回でも飲むように言われていたんですが、春哉が居る夜に、熟睡するの怖かったんです。春哉の機嫌が悪い時、薬を見ると、『コレは、俺に対する当てつけか?』と怒鳴りました。殴られなかったんですが、何故か、三時間くらい正座を強要されました。栞里が家に来る事が増えたからか、手を出すのを控えていたような気がします。その年の梅雨くらいまでは、そんな感じでした」

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