第六話・振り返る(其の参)

 鈴木さんは、私が話した内容をそのまま書き記す。ところどころ、箇条書きにしているようだった。

「録音して、文章に起こしたほうが正確に書けるように思いますが、どうしてその場で全部書くんでしょうか?」

 ふと思ったことが、口に出てしまっていた。思ったことを飲み込まずに口にできた、それに私は驚いた。

「録音だと後で確認できるから、聞き逃してしまうケースがあったの。聞き取りより録音の方が、目の前にいる人の話をきちんと聴けると思っていたんだけど、違ったのよね。話す側は緊張してうまく話せないと言われて、ハッとしたわ。私が話を聴きながら時系列を書いていると、話す側はゆっくり考えられて、落ちついて思い出せるようだから」

 確かに、そうなのかもしれない。それは、鈴木さんの包容力や、信頼感によるものがあるような気もする。

「記憶違いがある場合、記述している事で間違いに気付ける傾向にあるの。あとは、こうだったら良かったという気持ちが深い場合、それが事実と認識して覚えている事もあるのよ。それはね、自分自身を傷つけない防御本能だから、間違いじゃない。記憶違いによって、パートナーとの関係性が良くないものだと気付ける、それは利点だと感じているわ」

 話す事も、これからを乗り越えるための試練という事なんだろう。

 鈴木さんが、私の話を書き終えたのを見て、私は続きを話し始めた。

「付き合い始めて二年目のその年は、春哉の顔色伺うようにしてました。外出する時は常にマスクつけるんです。顔が腫れてなくても、花粉症や風邪と、嘘ついてました。職場と家の往復だけ。睡眠不足が当たり前になって、仕事は集中できなくて、些細なミスばかりでした。総務の先輩も呆れていたんじゃないかと思います。私に仕事をまわしてくれなくなって、会社に行きづらくなったんです。入社したばかりの半年くらいまでは、優しく教えてくれていたんですが。そんな感じで、秋になると会社に行こうとすると目眩が酷くなったから、休職することになりました。春哉は、会社に対して怒ってました。でも、俺が面倒見てやるから働かなくて良いって、そうなって、入社した年の十一月で退職しました。春哉は、籍をいれようって言いました。私は、結婚したくないと言い張りました。それは、親を見てきたからだと春哉は納得してくれたので、そのまま、同棲の形になってます」

「その頃から、あなたは、多分、自分が悪いんだと自責の念にかられるようになっていたんでしょうね……」

 鈴木さんはしみじみと呟いた。

「あの時、別れていたらと、何度も後悔しました。当時、親友にも相談できないままだったんです。同棲を解消したら、行く所がない。結局、そこに行き着いて、春哉から離れられませんでした」

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