第三話・新しい場所の一歩目

「よろしくお願いします」

 助手席に乗り込み、挨拶をした。

 鈴木さんとはメールや電話でやり取りをしてきたけど、実際に会うのは初めてだから緊張する。これから、いろんな事でお世話になるんだから、ちゃんとしてなきゃいけない。

「知らない人ばかりの町だから、不安はたくさんあるでしょう。見た感じ、顔色良くないわね。ちゃんと、ご飯食べられるようにならなきゃ。健康第一よ」

 ハンドルを握りエンジンをかけて、鈴木さんはまっすぐ前を見ている。

 年齢は、私の母より少し年下くらいだろうか。小柄だけど、エネルギッシュな雰囲気や、てきぱきしている動作で、見た目より大きく感じる。

「今から行くのは、シェルターね。電話で話したように、明後日の会が借りてる平屋の借家がいくつかあるの。新原さんが住むところ、今は誰も居ないけど、突然、同居者が増える事ある。ルールは着いてから話すから……」

 信号待ちなどの間で、いろいろ話をしてくれる。緊張はおさまってきた。最初は、一人だと聞いて、安心した。

「本当はね、携帯持ち込み厳禁なの。新原さんは、電話で話していて心配なさそうだから、新しい携帯を持つのを禁止していないけど、他の人は禁止だから、携帯あるのは内緒にしてね」

「なぜ、私が心配ないと感じるんですか?」

「あなたには、迷いがないのよ。迷いがある人は、すぐ戻ろうとする。誰かに連絡して帰ってしまう。また、苦しむ事になるのがわかっていても」

「わかっていても? なぜですか?」

「そうよね。あなたは、そう思うわよね。迷いがある人は、過去に依存して楽な方を選ぶものなのよ。新しい生活の方が恐怖なんだろうね」

 新しい生活には、不安はある。そして、恐怖よりは希望。

 ささやかな希望より、暴力や暴言の日々を選ぶなんて。それがない未来が約束されているのに?

「この角を曲がればすぐよ。電化製品、布団、たいていの物は揃ってるから、足りない物があるなら連絡してね。スタッフが一緒に買い物に行くから」

 砂利道になり、そこから敷地内だと理解した。袋小路の先にあるようだった。

「ちゃんと、監視カメラあるから、不審者いたらすぐ電話してね」

 あそことそこにあるでしょ? と、鈴木さんはカメラの位置を指差した。警察も、明後日の会のシェルターだと分かっているらしく、時折、巡回してくれているらしい。

 鈴木さんが玄関の鍵を開けて、私を招き入れる。

「家に入ったらすぐ、鍵をかけて。二重ロックでね。新原さんにはここの合鍵を渡すから失くさないように」

 2DKの間取り。玄関入って正面に台所、すぐ隣にトイレ、お風呂。その両側に一部屋ずつ。

「新原さん、こっちの部屋でいい?」

 玄関から向かって左の部屋に入りながら、鈴木さんは言った。

 ガラスの引き戸。内鍵も取り付けられてある。

「荷物、この部屋に置いて、お茶飲みながら、お話しましょうか」

 ボストンバッグとショルダーバッグを部屋に置いて、鈴木さんに着いて、台所へ行ってみる。

 大きな台所と食器棚、ダイニングテーブル。台所の水回りも綺麗に掃除されてある。ガスコンロは新調されてるようで、私は驚いた。

「シェルターにある家具や電気製品、衣服、これら全部ね、会に賛同してくれた方や、昔ここを使っていた人からの寄付なのよ。新しいものも含めてね」

「すごいですね。着のみ着のままで来て良いですって言うのが頷けます」

「たいていの人が、切羽詰まって何も持てずに出てくるものだから」

「私みたいに計画的に来る人なんて、めったにいないですか?」

「明後日の会を立ち上げてから、初めてかも。立ち上げる前には何人かいたかしらね」

「切羽詰まるを通り越して、冷静になっちゃいました」

「ふふ」

 やかんでお湯を沸かす間に、すっかり私は落ち着いたらしい。

「さて、お茶の準備が出来たら、部屋に戻りましょう。きちんと書類も書いてもらわないといけないから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る