第17話 リュカの思い
◇
「──父上は、ぼくのことが嫌いなんだ」
ルイーズの部屋でソファに並んで座り、リュカはぽつぽつと話し出した。
ディオンが淹れてくれた紅茶が湯気を立たせるなか、ぐずっと鼻を啜る音が響く。
「ぼくが、魔王の子なのに、できそこないだから。目も合わせてくれないし……」
「そんなこと……」
ないと思う、と言おうとしたルイーズは、直前で思いとどまる。
(たしかに、魔王さまってあんまり目を見て話さないかも?)
しかしそれは、リュカに限ったことではないような気もする。とはいえ見方を変えれば、自身の息子に対してやや素っ気なさすぎるとも取れるのかもしれない。
「ぼくは弱虫だから、父上にちゃんとしろって言われてもできないんだ。あんなに立派でかっこいい父上の息子なのに、ぼくはホントに、だめだめで……」
「うん? リュカは魔王さまのこと、苦手じゃないの?」
「えっ、なんで?」
「魔王さまの前だと、リュカ、いつもびくびくしてるから。怖いのかなって」
エヴラールを前にしたときのリュカの異常ぶりを見ていたから、てっきり苦手なのか、あるいは恐怖心があるのだとばかり思っていたのだが。
しかし、指摘されたリュカの方は、心外だったのか勢いよく首を横に振る。
「苦手なんて……むしろ、すごく尊敬してるんだ」
「尊敬?」
「そう、尊敬。父上は……ちょっとわかりづらいけど、領地の民のことをすごく大切に想ってて。いつも、民が笑顔になるためにどうすればいいか考えてる。そんな父上がすごいなって思うし、ぼくも……そうなりたい……」
尻すぼみに俯いてしまったリュカは、膝の上で両の指を強く握りこんだ。
「だから、水不足のことも、考えてた?」
「……うん。なにか少しでも役に立てたら、父上も認めてくれるかなって」
「そっか」
だというのに、エヴラールには一蹴されてしまった。
おそらくその瞬間に、リュカのなかの感情の糸が一本切れてしまったのだろう。
「でも、今回だけじゃないんだ。ぼく、いつもなにかできないかなって考えてて。だから、図書室で勉強してみたり、闇魔法の練習してみたり」
「リュカも闇魔法使えるの?」
「う、うん。まだ、簡単なものしか使えないけど。図書室にね、ちょっと古い魔法書があって、それ見ながらやってみてるんだ。最近だと、気配を消す魔法とか、遠くの声を聞ける魔法とかできるようになったよ」
「すごい……! リュカ、たっくさん努力してるんだね」
だが、そんなリュカの健気な思いを知ってしまえば、よりいたたまれない。
いっさい耳を傾けずに跳ね除けたエヴラールに非がある、と思ってしまう。いや、もしかしたら彼は、リュカの努力にも気づいていないのかもしれないけれど。
(でも、魔王さまとパパがいるのに、すぐ解決できてないってことは……きっとなにかしら理由があるはずなんだよね)
ジルダ湖に出現した魔物とやらを倒して済む話なら、とっくに討伐しているはずなのだ。たとえ相手がどんなものであっても、現役魔王と元魔界の覇者が手を組んで倒せない相手などそうそういるはずもない。
(んー。その理由がわかんないと、なんもできないかも……)
ルイーズはひとり頭を悩ませて、むむむと唇を引き結ぶ。
友だちの力にはなってあげたいが、だからといって下手に口を出してグウェナエルに怒られるのも嫌だった。危険なこと、だというのはなんとなくわかるのだ。
「ねえ、ルゥ?」
「うん?」
呼びかけられ、ルイーズはきょとんとリュカを見た。
自分を見つめる彼の瞳がどこか迷ったように揺れていて、妙な胸騒ぎを覚える。
「ルゥのお父上……グウェナエルさまは、〝大魔王〟なんだよね? 父上が魔王になる前に仕えてて、ずっと前に魔界の王さまだったお方」
「っ、え。リュカ、知ってたの……?」
さすがにどきりとした。一瞬、心臓がびゃっと縮んだような気もする。
「知ってたというか、そうかなって思ってたんだけど……やっぱり、そうなんだ」
同じ城で過ごしている以上、隠し通せるものだとは思っていない。
だが、わざわざ明言はしていなかったことだ。
そもそもリュカに〝大魔王〟の知識がなければ結びつきもしないだろう。なにせ大魔王グウェナエルは、いまも人間界で封印されているはずの者なのだから。
「ぼくがもっと小さいときにね、父上がよく話してたんだ。自分はあくまでも〝仮〟の王なんだって。いつか〝本物〟の王が帰ってきたときのために、王位を守ってるんだって。……だからいつかは、王じゃなくなるんだって」
「っ……王じゃ、なくなる」
「ずっと、だれなんだろうって思ってた。でも、グウェナエルさまを父上は〝陛下〟って呼んでたから、すぐに気づいたよ。それで城の図書室で調べたら、グウェナエルさまが〝大魔王〟で、魔界の王だったことがわかって……」
ルイーズはぽかんとしながらリュカを凝視する。
(……待って。リュカって、じつはすんごく頭いい?)
普通の六歳は、こんなふうに疑問に思ったことを自ら調べたりするだろうか。
わからないのなら、ただひとこと、大人に聞けば済むことだ。それをわざわざ自分から調べに行くなんて、ルイーズからしてみればありえない。
しかも、この抜群の理解力。
──ともすれば、前世の記憶持ちのルイーズにも匹敵するのでは。
「だから、父上はもしかしたら、もうすぐ〝魔王〟じゃなくなるのかもしれない。そしたら、ぼくも王子じゃなくなるでしょ?」
「えっ!? あ、え、そうなの?」
「うん。だから、なんていうか……ぼくが王子でいられるうちに、民のためになにかしたくて。父上みたいに、かっこよく。ぼくはできそこないだけど、一回くらいは〝王子〟として胸を張ってみたいんだ」
切実に紡がれる思いには、長いこと悩んで考えてきたからこその熱が感じられた。
きっとルイーズがここに来る前から、リュカのなかにはその思いが強くあったのだろう。だからこそ、タイムリミットが迫っていると感じられるいま、焦っている。
(いい子……リュカ、いい子だ……)
ルイーズは胸がじんとして、つい泣きそうになってしまう。
そばで聞いていたディオンとベアトリスも心を打たれてしまったのか、それぞれあらぬ方向を向き、感極まったような面持ちで目頭を押さえていた。
(なんて言ったらいいのか、わかんないけど……)
「……ね、リュカ。リュカは、かっこいいよ?」
迷ったあげく、ルイーズは握りしめられたリュカの手を上から覆って告げた。
戸惑ったように潤んで揺れる瞳をまっすぐに見つめて続ける。
「だって〝自分はこうしたい〟ってはっきり言えるのは、リュカがたくさん悩んで、たくさん考えてきたからだよね」
「っ、ルゥ」
「ちっともできそこないなんかじゃないよ、リュカ。ルゥにはちゃんと、リュカが〝王子さま〟に見えるもん」
ルイーズも自分で決めて、父であるグウェナエルの封印を解くために旅を出た。
けれど、そうして決断できたのは、ルイーズに前世の記憶があったから。
──普通の五歳児以上の精神を持っていたからである。
リュカは決してそうではない。恐れながらも尊敬する父のエヴラールの役に立ちたくて、追いつきたくて、子どもなりに必死に考えていた。
そんなふうに王子であろうとする努力を、いったいだれが否定できようか。
「ルゥも一緒に考えるから。なにかできることがないか、探してみよ?」
「っ……いいの? ぼくのことなのに」
「リュカのことだからだよ。だって、お友だちだもん」
ね?と、ルイーズは微笑んで首を傾げてみせる。
それを間近で受け止めたリュカは、なぜかほんのり頬を赤くしてコクッと頷いた。
「ありがとう、ルゥ」
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