ちびっこ聖女は悪魔姫~禁忌の子ですが、魔王パパと過保護従者に愛されすぎて困ってます!?~

琴織ゆき

第0話 禁忌の想い

序章


 光と闇。表と裏。対峙するもの。相反するもの。決して交わることは許されず、それらはいつだって背を合わせながら、べつの方向を向いている。

 ──だとしても、仕方がないではないか。


(俺はおまえを愛してしまったから。こんな道しか示してやれないことを、どうか許してくれ)


 長い白銀の髪を揺らしながら先を懸命に走る彼女〝大聖女ミラベル〟は、そんな男の心の声が聞こえたかのように振り返った。薄蒼の瞳が大きく左右に揺れる。


「グウェン……!?」


 彼女の腕のなかには、産まれたばかりの小さな赤子がいた。

 泣きもせず、大人しく母親の腕に抱かさっていたはずの赤子は、母の動揺を悟ったのだろう。その瞬間「うぁぁ……っ」と儚い声で泣きだした。


(泣かないでくれ、など。どの口が言えようか)


 半身が引き裂かれるような思いに駆られながら、男〝大魔王グウェナエル〟はパチンと指を鳴らした。


「悪いな、ミラベル。俺が共に行けるのはここまでだ」


「そんなっ! だめよ、グウェン! あなたも一緒じゃなきゃ……っ」


 遠方から、こちらを探す声と喧騒が聞こえてくる。

 それに舌を打ちつつ、グウェナエルは踵を返して愛する妻のもとへ駆け寄った。


「ミラベル。──頼む。どうか、俺たちの娘を守ってやってくれ」


 堪えきれなかったのだろう。涙を流す彼女の濡れた頬を労るように指先で拭い、ふたりの間に挟まれた娘ごと抱きすくめる。


「っ……グウェン」


 声を震わせるミラベルの後頭部をそっと撫で、わずかに身体を離す。

 こつんと額を合わせあい、グウェナエルは慈愛を込めて告げた。


「愛している。永遠に、どこにいても」


「わたしも……わたしもよ、グウェン。たとえ世界に認められなくても、世界中が敵になったとしても、あなたをずっと、あなただけをずっと愛してるわ」


「ああ。俺もだ」


 禁忌に触れながらも想いを通わせてしまった代償は計り知れない。

 こうなることなど最初からわかっていた。それでも、この想いだけはごまかしようがなかったのだ。だから、グウェナエルとミラベルは互いの手を取る選択をした。

 後悔はない。そうして少しでも愛する者と過ごせたのだから。


「おまえに認識阻害魔法をかけて、ディオンとの合流地点まで飛ばす。そうしたら、とにかく人に見つからぬ場所へ行け。闇魔法は永続しないから、なるべくはやく。可能な限り、遠くまで逃げろ。わかったな?」


「……ええ、わかってる。あなたは?」


「俺はあいつらを食い止める。難を脱したら、すぐに追いかけよう」


「本当に?」


「ああ」


「絶対よ。もし帰ってこなかったら、わたしの方から突撃しにいくんだから」


「くく、それは楽しみだな。だが、大丈夫さ。きっとまた会える。俺たちが想い合う限り、この縁は途切れぬことなく繋がっているからな」


 否、きっとこれが最後の時間になるだろうと心のなかでは思いながら。

 それでも、今この瞬間、彼女に希望を失わせたくはなかった。


「さあ行け、ミラベル。俺たちの娘を──ルイーズを頼んだぞ」


 言うや否や、グウェナエルは闇を司る転移魔法を行使する。

 立ち尽くす彼女の足元に魔法陣が展開され、魔法が瞬く間に彼女を包み込んだ。


「グウェン」


 姿が消える寸前。名を呼んだミラベルと視線が絡みあう。


「あなたに出逢えて、幸せだった」


 ──ありがとう。

 そう口が動くのを見届けた直後、彼女と娘は転移魔法により姿を消した。


「……まったく。それは俺の台詞だというのに」


 漆黒に染まった前髪をかきあげながら、ふっと笑みを滲ませる。


(俺もおまえに出逢えて幸せだった。ありがとう、ミラベル)


 闇に溶ける外套をなびかせ、星が瞬く夜空を見上げれば、不思議と清々しい風が心を吹いていった。自然と肩の力が抜け、穏やかな気分で追手を迎える。


「おまえたちのご希望通り、俺は大人しく封印されてやろう。──だが、あいつらに手出しはさせん。悪いが少々記憶をいじらせてもらうぞ」


 パチン、と二本の指を合わせ鳴らし、ふたたび魔法を展開させる。


(もしもこの魔法が〝人〟と〝悪魔〟を含めたすべての生き物にかけることができたなら、きっとちがう未来があっただろうにな)


 だがしかし、これは古に葬り去られた禁忌魔法だ。膨大な魔力を消費するうえ、グウェナエルにもどんな反動がくるかわかったものではない。たとえ〝魔界の覇者〟と謳われた男でも、この追手たちを手にかければ、ただではすまないだろう。

 だとしても、躊躇いはなかった。奴らに、ミラベルとルイーズが〝すでに亡き者となった〟と思わせることができればそれでいい。


「……ミラベル、ルイーズ。おまえたちの未来にどうか幸あらんことを」


 愛する家族を守れるのならば。

 たとえ、己を犠牲にすることになろうとも。

 たとえ、己が導き守ってきた世界を捨てることになろうとも。


「さあ、終わりだ」


 禁忌魔法を盛大に展開しながら、大魔王グウェナエルは不敵に笑った。

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