第132話 規模

(勝負あり、か)


 俺は心の中で呟く。

 旧鼠の連携の方が一枚上手であった。

 旧鼠の壁は逃げるためのものではなく、相手の視線を遮るためのものだったのだ。

 確実にその歯を急所に突き立てるための策。


「キュウウ!」


 弥胡は大きな鳴き声を上げる。

 だが、もう遅い。

 そのまま鋭い前歯で貫かれたまま、回転を込め地面に叩きつけられた。

 凄まじい音と共に、弥胡が消えていく。


「や……弥胡!?」


 相棒の敗北にゆまは動揺してその場にコケてしまう。

 長はそんなゆまに襲い掛かった。

 ここまでだな。

 俺が霊力を解放すると、長はびくりと震えた後すぐさま方向を変え、結界に突進を始めた。

 ゆまの張った結界はゆまの動揺もありすぐに砕け散った。


「あ……駄目!」


 悲鳴に近い大声をあげるも、長はそのまま逃亡し、残りの旧鼠もそれに続いて音楽室から逃げてしまった。

 音楽室から旧鼠達は消え去り、俺とゆまだけがその場に残された。

 ゆまは気まずそうにこちらを見る。


「あんなに敵が居るとは思わなかったから……」


 俺が無言で見ていると、顔を逸らす。しばらく沈黙した後、ゆまが大声をあげる。


「……分かっているわよ! 私のミスよ! あれだけの旧鼠が村に向かったら、凄い被害が出る。行かないと……痛っ」


 ゆまは捻った足首を押えて顔を歪める。


「落ち着け。今妖狐がやられたところだろう? しばらくは再顕現もできないだろうし、やられるだけだ」


「自分のミスの責任くらい自分でとる。それに、村人達も危ないわ!」


「自殺は認められない」


 俺の言葉にゆまは悔しい顔を浮かべるも、最後は項垂れる。


「そ、そうね……ごめんなさい。貴方の言う通りだわ、私ってほんと馬鹿」


 ゆまは完全に落ち込み、自分を責め始める。


「一人で突っ走ってやられて、妖怪を逃がして。何をやってるんだろう? 貴方も私のことを弱いお飾り陰陽師だと思ってるんでしょ? 中途半端で、どっちつかずだって。どうせ私は陰陽師としても、アイドルとしても中途半端よ!」


 と自暴自棄になり始めた。


「誰もそんなこと言ってないだろう? 反省は後だ。とりあえず学校に出た旧鼠だけでも全部祓うぞ。お前の言う通り、このまま放置すると、村人に迷惑がかかる」


 俺の言葉を聞いたゆまは、叱られた犬のような表情を浮かべる。


「分かっているわよ。けど、もう遅いわ」


「問題はない。結界は張ってあるからな」


 俺は窓から外を指さす。

 暗闇で見辛いが、外にこの廃校を囲むように巨大な結界を張っておいた。

 ゆまは足を抑えながらも立ち上がり外を見る。


「えっ……このサイズの結界を一人で張ったの? いったいどれほど多くの呪具を持ってきたら?」


 ゆまは口を大きく開けたまま呆然と結界を見ている。


「この程度なら護符すら必要ない。だが、数が多いな。このまま一匹一匹殺すのは面倒そうだ」


 俺は刀印を結ぶと、呪を唱える。

 結界は妖怪のみを捕え、少しずつ圧縮されていく。

 旧鼠達は必死で結界に体当たりをしているが、揺らぐことはない。

 廃校を余裕で囲うほどの結界は、十メートル四方の立方体にまでそのサイズを縮めた。

 その結界内は旧鼠がぎっしりと詰まっており、悲鳴を上げている。


土行どぎょう土流葬どりゅうそう


 地面から土が渦を巻いて旧鼠達に絡みつく。

 そしてそのまま旧鼠達を一匹残らず、土の圧力によって潰した。

 横を見ると、ゆまは完全に上を向いていた。

 火行だと臭いそうだから土行にしたが、やはり少女が見るにはぐろかったかもしれん。

 と血を吸って黒くなった土を見てそう思った。


「陰陽師なんだから、こういうのも慣れないと」


「えっ? あ、はい!」


 俺の声を聞き、ようやく我に返ったようだ。

 少しの間ぶつぶつと何かを呟いた後、口を開く。


「私は失敗しちゃったけど、怪奇現象が解決して良かったわ」


 ほっとしたような顔を浮かべている。


「終わってないぞ? まだ」


「何言ってんのよ? 旧鼠が原因でしょ? 既に長も仕留めたじゃない」


「さっき仕留めた奴は親ではない。この規模だとな。もっと居る。おそらくだが……五千以上」

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