第100話 威風堂々と

 流石に四対一は辛いのか、牛鬼は再び木の上に移動する。

 既に最初の時とは異なり、体中に傷がついている。


「相変わらず鬱陶しい奴だぜ」


 牛鬼は木々から再び糸を大量に噴射し、動きを絡めとろうと動く。皆、なんとか糸を躱していたが、夜叉丸の腕に糸が絡みつく。

 牛鬼は渾身の力で夜叉丸をそのまま引っ張り上げる。

 夜叉丸の体が宙を舞う。牛鬼は夜叉丸にとびかかると、爪で襲い掛かる。夜叉丸は自由に動く腕で刀を振るい応戦した。


 爪と剣が交差する。

 鈍い音と共に、両者の動きが止まる。威力は互角。だが、手数に差があった。

 牛鬼はそのままその大きな口を広げ、夜叉丸の胴体にかぶりついた。

 その牙は夜叉丸の鎧を砕き、夜叉丸を完全に沈める。


「まずは一匹だ! 残り二匹も殺してやる」


 夜叉丸の下半身を吐き捨てると、再び木の上に退避する。

 急な遠距離戦に苛立ちを感じた佐渡さんは護符を構える。


「火行・炎斬連波えんざんれんぱ!」


 護符から直径二メートル程の炎を斬撃が複数放たれる。

 その斬撃は牛鬼の乗っている木を一本一本斬り落とす。

 このまま長期戦になることを危惧した佐渡さんは一気に勝負に出た。

 周囲の木々を平にする勢いだ。


 牛鬼は木々を飛び移りながら、再び周囲に糸をまき散らす。その糸が遂に鹿鳴と、冥狼を捕らえる。

 牛鬼は捕らえるや否や、再び渾身の力で引っ張り上げた。

 だが、引っ張られたのは鹿鳴でも冥狼でもない。佐渡さんであった。


「なっ⁉」


 佐渡さんの体には、肉眼では殆ど見えない糸が絡みついていた。

 牛鬼が糸をまき散らしていたのは鹿鳴と冥狼を仕留めるためではない。そう見せかけて、見えない糸で佐渡さんを拘束するためだったのだ。


「終わりだ、呉斗オ!」


 その大きな口は佐渡さんを完全に飲み込んだ。




 沈黙がその場を支配する。


「嘘……!」


 未希が口元を抑える。

 牛鬼は、次はお前だと言わんばかりにこちらを見据える。


「まだ終わっていない」


 なぜならまだ冥狼、鹿鳴がこの場に居るからだ。

 通常陰陽師が死んだのであれば、式神は消える。ということは、つまり……まだ佐渡さんは死んでいないということだ。


「火行・蒼炎羅貫そうえんらかん


 佐渡さんの言葉と共に、牛鬼の体から蒼炎のドリルが飛び出す。


「ギャアアア!」


 牛鬼の腹から血塗れの佐渡さんが現れる。自ら口の中へ飛び込んだのかそこまで大きな傷はない。

 勝負は完全に決した。

 遠くで不安げな顔で見ていた雪乃が佐渡さんに駆け寄るとそのまま抱き締める。


「ありがとう、呉斗。格好良かったよ。皆のために戦っている貴方が好きだった。なのに、ごめんなさい」


「泣くな、雪乃はなにも悪くないさ」


 そう言って、佐渡さんは笑う。

 穏やかな雰囲気が流れ始める。だが、牛鬼が動き始めた。

 牛鬼は腹を抑えながら、必死で佐渡さんから距離を取る。


「があ……くそが!」


 そんな牛鬼に佐渡さんは少しずつ距離を詰める。

 終わりだな。

 その時、一陣の風が吹いた。


 どこか懐かしさを感じる風だ。

 風が吹き終わった後、牛鬼の側に一人の男が立っていた。

 恐ろしいほど造形の整った若い男。

 緑の着物を纏い下駄を履き、黒の長髪を下ろしている。長いまつ毛に、真っすぐに通った鼻梁に白い肌。人ならざる妖気な美しさが感じられる。


「ここが今日の余興の会場かな?」


 呼んだ牛鬼が血塗れのために、首を傾げ穏やかに笑う男。

 佐渡さんも突然の来訪者に、警戒を隠せない。


「来てくださったのですね! こ、こいつらが、山を荒らすのです! た、助けて下さい!」


 牛鬼は男を見ると大声をあげ、男の裾にしがみつく。

 その際に牛鬼の血が男の着物に付着する。

 それを見た男の顔が、まるでごみを見るかのような冷徹な顔に変わる。


「汚い手で我が服に触るな、下郎が」


 男は扇子を取り出すと、その扇子を振り下ろす。

 一閃。

 次の瞬間、牛鬼の全身はバラバラになり、塵も残さず消滅した。

 その圧倒的な強さに佐渡さんは息を呑む。


「人で……ないな。お前は一体何者だ?」


 それを聞いた男がにこやかに微笑む。


「この姿では、人の子では分からないかもしれないね」


 そう言うと、男の体が風に包まれる。その突風が晴れた瞬間、そこには山伏姿に、赤ら顔。

 大きな鼻に巨大な漆黒の翼を持つ大天狗の姿があった。


「我が名は鞍馬山僧正坊くらまやまそうじょうぼう。人の名では、鞍馬天狗くらまてんぐとして知られている物の怪だ」


 威風堂々と、鞍馬天狗はそう言った。

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