第98話 よお

 牛の顔に、巨大な蜘蛛の胴体。口からは糸を吐き、体からは毒を分泌させている。

 そして後ろからは中鬼達が、三人の少女達の頭を掴んでいる。続々と周囲を牛鬼の下部達が囲む。

 少女達は真っ白になった顔で震えながら呉斗を見ていた。


「俺はお前を侮っちゃいねえ。二重の人質って奴だ。お前が俺に攻撃した瞬間、お前の女も、後ろのガキ共も、皆殺しってわけだ」


「どこまでも汚い奴ですね……恥ずかしくないのですか?」


「なんとでも言え。今日は祭りだ。大物も呼んである。お前の処刑のためにな」


 その言葉と同時に、牛鬼は周囲の木々に糸を吐き始める。あっという間に、周囲は牛鬼の糸に囲まれた。

 牛鬼はその巨体に似合わない軽快な跳躍を見せ、木々に飛び移った。

 牛鬼は木々から再び跳躍し呉斗に襲い掛かる。


「この……鹿鳴――」


「式神を使った瞬間、へしおるぜ?」


 その言葉を聞き、呉斗の動きが止まる。その隙を牛鬼の爪が襲った。


「ぐっ……!」


 直撃は避けたものの、呉斗のスーツが抉れ、そこから鮮血が舞う。


「上手くよけたな。式神は勿論、陰陽術を使った瞬間、この女は終わりだ」


 牛鬼は左前脚に糸で縛り付けている雪乃を見せつける。


「臆病者ですね……人質が居ないと、人一人とすらまともに戦えないなんて」


「これは戦いじゃねえ、処刑だ」


 牛鬼はそう言うと、再び木々に飛び移り、木々の糸を伝い、高速で移動する。

 四方八方から襲い掛かる牛鬼に、呉斗の体は徐々に切り刻まれていく。

 動きが鈍くなる呉斗を見て、牛鬼は笑う。


「そろそろ終わらせてやろうか?」


「……こんなかすり傷じゃ、小鬼も殺せませんよ?」


 呉斗は冷静に笑う。

 それを聞いた牛鬼は少しだけ顔を歪ませる。


「お前をいたぶるのも飽きたな……。次避けたら、この女の首をへし折る。この女を生かしてほしけりゃおとなしく死ね」


「ごめんなさい……私ずっと謝りたくて。貴方に酷いことを言った。貴方が妹を売るはずないのに……本当にごめんなさい。いつだってあなたは私の誇りでした。勝って他の人を助けて……」


 雪乃が自分の首元に尖った氷柱を生みだす。自殺する覚悟であった。


「止めろ、雪乃! 私は誇れる人でもなんでもない! 好きな人一人守れないただの……」


 呉斗は必死で声を上げる。


「死んでもらっちゃ困るな」


 その言葉と同時に、まるで閃光のような何かが横から雪乃が括りつけられている左前脚を貫いた。

 脚が完全に千切れ、雪乃が宙に舞う。その雪乃を疾風の如き速度で、真が咥えてその場から脱する。


「ギャアアア! な、何が……⁉」


 突然の一撃に叫ぶ牛鬼。呉斗も突然の出来事に動揺する。だが、呉斗はすぐにこのチャンスを活かすべく護符を構える。


「火行・十束炎剣とつかのえんけん!」


 呉斗の前に、燃え盛る大剣が生み出される。その大剣は呉斗の左手に連携するように、牛鬼を切り裂いた。

 胴体を焼き斬られた牛鬼は、大きく顔を歪める。


「ガアアッ!」


 牛鬼は呉斗に止めを刺すどころではない。激痛そのまま、周囲の木々に逃げる。

 牛鬼は今しがた自分を襲った謎の一撃の原因を探る。


「どうなってんだあ! 呉斗の仲間は全員去ったんじゃなかったのあああ!」


 周囲を見渡すと、先ほどの一撃が飛んできた先には、一人の少年が立っていた。

 牛鬼を見下すように大木の枝に乗りながら見つめる。

 牛鬼は一目見た瞬間、本能的な恐怖を感じた。それは間違いではない。その小さな体からは考えられないほどの圧だ。


(あれは……なんだ?)


「よお」


 最強の陰陽師、芦屋道弥がそこにいた。

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