第90話 条件

「「「えっ⁉」」」


 村長の言葉に俺達は声を上げる。


「一人を助けてくれたのは、確かに有難い。だが、頼んだ妖怪はまだぴんぴんしているぞ! さっきまた一人消えたんだ。あんたが倒したのはその下っ端に過ぎないんだ!」


「申し訳ございません。原因の妖怪は、必ず探し出して祓わせてもらいます」


 佐渡さんは頭を下げる。

 だが、そこで奥から狩衣姿の陰陽師達が現れる。


「いやあ、もういいですよ。佐渡さん。やはり久しぶりの仕事で鈍っているのでは? まさか本命と違う妖怪を討伐されて戻ってこられるなんて。後はうち、宝華院家が引き継ぎます」


 とにっこりと笑う。


「どういうことですか?」


「言葉通りの意味ですよ。この依頼は私、宝華院ほうかいん大樹だいきが引き継ぎます。既に依頼主の村長さんとも話は済んでいます」


「すまねえなあ。悪いが依頼はキャンセルさせてもらう。しっかりとキャンセル料は払うから許してくれ。あんた六年間も休んでたんだってな。そんな人よりも、有名な宝華院家に任せたい」


 村長は目をそらしながら言った。


「そういうことだ。悪いねえ。伝統も歴史もない芦屋家では、信用できないってことだ。分かるかい?」


 大樹はにたりと笑いながら言う。

 こいつら本当にしつこいな……。二人が落ちたのをまだ根に持っているのか。いや、四条家の方か?

 まあ、どっちでもいいか。


「……分かりました。正式なキャンセルであれば、こちらが何か言うことはありません」


 佐渡さんは表情を変えずに淡々と答える。


「納得してもらえてよかったですね。連れ去られたのも、彼女でしたし」


 後ろの職員が安心した顔をしている村長に囁く。

 それを聞いた佐渡さんは、わずかに顔を顰めると、職員に詰め寄る。


「連れ去られた人の名前は?」


「……もうあんたには関係ないだろ」


 無言で睨みつける佐渡さんに、職員が僅かに震える。


「……雪乃だ」


「そうですか。皆さん、ここまで来ていただいたのに申し訳ありません。キャンセル料は十パーセントなので、一人百万円ずつ後日振り込ませて頂きます。すみませんが、今回のチームはこちらで解散ですね」


 佐渡さんは静かに俺達に告げる。


「そ、そんなまだ依頼失敗になるには、早すぎます! こんなの不当ですよ!」


 未希が叫ぶ。


「不当なんて人聞きが悪い。しっかりと依頼の詳細欄に、件の妖怪を討伐するまでいつでもキャンセル可能だと書いてあるでしょう」


 と大樹が書類を見せながら言う。

 確かに依頼の詳細欄に書いてあるな。だが、これは明らかに陰陽師側が不利な要件だ。数百体の妖怪を倒しても、途中で依頼をキャンセルされたら赤字である。


「こんな条件、よくあるんですか?」


「いや、こんな条件聞いたことないわ。これじゃ受けようなんて思わないもの」


 未希が言う。そうだろうな。困っているという割に、変な話だ。


「東峰さん、正式な条件に則ってのキャンセルです。おとなしく諦めましょう。皆さん帰りましょう」


 佐渡さんはそう言って、帰ろうとする。


「そうそう。諦めが肝心ですよ。芦屋君、初めての依頼が失敗なんて……どういう悪評がつくか分かりませんねえ。せっかくトップ合格しても、依頼はこなせないんですから。勉強になったでしょう。試験と実践は違うんですよ」


 と大樹は見下すように言う。


「覚えておきます。確かに試験だけ強いと、どこかの御三家みたいに実力がないのに、階級だけ高い無能が出来上がりますから」


 俺はにっこりと笑いながら返す。


「クソガキがあ……! 東京で陰陽師としてやっていけると思うなよ!」


 それを聞いた大樹は、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

 きにせず去った俺に、未希が口を開く。


「相当嫌われてるみたいね。やっぱり試験が原因?」


「ええ。少し生意気な子供にお灸を据えまして」


 依頼は失敗に近いこともあり、皆のテンションは低めである。まさか依頼を取られるとはな……。

 俺達五人はそのまま村から離れる。

 村から離れてしばらく。佐渡さんが口を開く。


「ここは私の地元でしてね。せっかく来たので実家に顔だけでも見せてきます。すみませんが、皆さんは先に帰って頂ければ」


 佐渡さんは頭を下げると、そのまま村へ戻っていった。


「おい、どうする?」


「とはいえ、もう仕事はないですから帰るしかないですね。せっかくひさしぶりに大きな仕事だと思ったのに……」


 元チームの陰陽師達はため息を吐きながらそのまま駅へ向かうために再び歩を進める。


「おい、早く行こうぜ」


 俺に向かって、陰陽師達が声をかける。


「そうですね……」

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