第82話 安倍信明

 夜月は自宅で暗い顔で俯いていた。


「謝らないと……きっと何か事情があるんだ。道弥は意味もなく、人を恨む人じゃない。だけど兄さんもそんなことをする人じゃない……いったいどういうことなんだ? もう分からない……」


 夜月は道弥をぶってしまったことを後悔していた。

 悩んでいる夜月の部屋にノックの音が響く。


「夜月さん、お父様とお兄様が居間に。お呼びです」


「分かった……今行く」


 お手伝いさんの言葉を聞き、夜月は立ち上がると居間へ向かった。

 居間には夜月の父と晴海が既に座っていた。


「夜月、晴海から話は聞いた」 


 そう言って口を開いたのは、夜月の父にして安倍家現当主、安倍あべ信明しんめいである。

 年は四十中頃。長年安倍家を支えてきた自負があるのか、堂々としており鋭い眼光からは威厳が感じられる。

 髪は横を短く刈り上げトップの毛を左右に流しており、年は感じられるが、整った顔立ちをしていた。


「お久しぶりです。お父様」


 夜月は緊張した面持ちで頭を下げる。


「簡潔に言う。夜月、もう芦屋家の少年と会うのは止めなさい」


 信明は淡々と告げる。


「どうしてですか⁉ 今まで何も言わなかったじゃありませんか!」


 夜月は父の言葉に大声を上げる。


「ただの友達なら私も口を出したりはしない。だが、彼は今年の陰陽師試験の首席合格者だ。将来、うちと争うことにもなるだろう。関わるのは止めなさい」


「そんな! 同じ妖怪を祓う仲間でしょう!」


「そう簡単ではない。うちと芦屋家の関係は知っているだろう?」


「平安の頃、芦屋家がうちを襲って、返り討ちにしたっていう話ですか?」


「ああ、そうだ。だが、芦屋家はそうは思っていない。愚かにもこちらが襲い掛かったと思い込んでいるのだ。生き残った者が、恥を隠すために先祖にそう伝えたのだろう。だが、そのために芦屋家はうちを恨んでいる。彼も親の洗脳をうけ、そう思い込んでいる可能性が非常に高い」


 信明はそう告げる。


「道弥は、私が安倍家と知っても、変わらぬ対応を……」


「彼はお前を利用しようとしているのかもしれないだろう。お前も正式に四級になったのだ。才能もある。更に鍛錬を積み、そして将来は晴海の補佐を。晴海は陰陽師界の将来を担う男だ」


「……すみません。少し体調が悪いので、これで失礼します」


 夜月は頭を抑えながらふらふらと部屋を出て行った。

 その様子を晴海はただ見つめていた。


「嘘つきですねえ。父さんは知っているでしょう。本当の歴史」 


 と笑いながら晴海は言った。


「今更あの子に真実を告げる必要はない。自由にさせ過ぎたな……」


 信明は夜月が出て行ったドアを見つめながら、呟いた。

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