第66話 後は任せろ

 森の中、桃慈は血塗れで倒れこんでいた。その後ろに居るゆずも体にいくつも傷を負っている。

 すぐに式神を祓われた桃慈はその体で、渚の中鬼と戦っていた。

 腹部からは血が流れ、右足は腫れあがり、もはや立ち上がることすら難しい。

 だが、それでも桃慈の目は死んでいなかった。

 それを見て、呆れるような顔をする渚。


「これだから馬鹿は嫌いなんだ……。殺されないと高を括っているのかな? 芦屋家の卑怯者の仲間なだけあるよ」


「てめえ、道弥さんは卑怯なことなんて絶対にしねえ! お前の弟こそ、卑怯者だったぜ」


「中鬼、教えてやれ」


 渚の言葉と共に、中鬼の蹴りが桃慈の腹部に叩き込まれる。傷口を大きくえぐった。


「がああ!」


「これ以上は死ぬぞ? とっとと渡せ」


「漢は、一度した約束を絶対違わねえもんなんだよ。たとえ死んでもだ」


「もっと痛みつけないと分からないようだな」


 再び中鬼に命令しようとした渚の動きが止まる。


(何か寒気が……。いったい何が?)


 渚は本能的に北を見た。

 すると、そこには探していた芦屋道弥の姿があった。

 声を発そうと考えていたはずの渚は全く声を出せなかった。

 ただ、道弥の圧に、呑まれたのだ。

 固まる渚を全く気にすることなく、道弥は歩を進め、倒れこむ桃慈の元へたどり着く。


「大丈夫か、桃慈?」


「俺は守ったぜ、約束をよ。漢ってのは……尊敬する漢のためなら命をかけられるんだ」


 桃慈は弱弱しくも笑う。


「ああ。お前は本物の漢だ。よくやってくれた。ありがとう」


「へへ、嬉しいねえ。後は任せていいですか? ちょっとだけ疲れたんです」


 そう言って、桃慈は目を閉じる。


「後は任せろ。お前の分まで、しっかりと俺が奴等に地獄を見せてやる」


 道弥は渚を見据えてそう言った。




 俺が渚を見ると、渚の顔が変わる。


「よくもそう堂々と俺の前に顔を出せたものだな。この卑怯者が! 卑怯な手を使って、我が弟を倒したようだが、俺はそうは行かんぞ! お前のような卑怯者は俺が必ずここで倒す!」


 渚はこちらを睨みながらそう言った。


「そうだそうだ、卑怯者!」


 外野の陰陽師も同様に罵声を飛ばす。

 俺は渚の発言に疑問を隠せない。


「卑怯? その言葉はお前の弟にこそ相応しい言葉だろう」


 俺の言葉に、渚の顔が怒りで歪む。


「こともあろうに、我が弟を侮辱するのか!」


「自分の権力を笠に女を脅し、俺をはめようとした。これを卑怯と言わずになんと言う?」


「貴様……そんなことを陸がする訳がない! お前が罠にはめ、陸を騙したんだろう」


 渚は聞く耳を持たずに、俺の反論を切って捨てた。


「本当です、渚さん! 私が陸さんに言われて……」


 ゆずが渚にはっきりと言う。

 だが、それすら渚には逆効果だった。


「お前が……宝華院のお前までが陸を侮辱するかア!」


 渚は怒りで声を荒げた。

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