第50話 偽りの笑顔

 しばらくして、リーゼントが体を起こす。


「なんで、俺は寝てるんだ? ここは……?」


 リーゼントは目をこすりながら周囲を見渡す。そして、莉世を見て固まった。


「ようやく起きましたわね? 道弥様を待たせるなんていい身分だこと? もう一度ビンタで起こしてあげようかしら?」


「お前、さっき俺に――」


 その瞬間、莉世のびんたがリーゼントの頬に刺さる。綺麗な音が静かな森に響く。


「発言は許可していませんよ?」


「ふざ――」


 次の瞬間、再びびんたが叩き込まれる。

 その後もしばらく不毛なやり取りが続き、再びリーゼントの顔が膨らみ始めたころ、リーゼントは静かに正座していた。


「私は道弥様の式神です。次、道弥様に無礼なことを働いたら、次はあの程度じゃ済ませません。骨も残らず焼きますから覚えておきなさい」


「……はい」


「よろしい。はい以外の返事は認めないから」


 と冷えた声色で吐き捨てる。

 莉世はこちらを見ると、笑顔で走り寄って来た。


「道弥様、これで大丈夫ですよ」


 俺を見てリーゼントは睨んでいる。更に大きな溝を生んだ気がするんだが。

 莉世がそれに気付き振り向くと、リーゼントは表情を無理やり笑顔に変える。

 莉世はそのままリーゼントの元へ向かい、蹴りを入れる。


「ぐえっ!」


「無礼な! もう一度、折られたいようですね」


 莉世の教育を受けるリーゼント。しばらくして、こちらにニッコリ笑顔を向けるリーゼント。

 その顔は完全に接客業で偽りの笑顔を張り付けられた店員の顔だった。

 莉世が居ると、二人とも怯えてまともに会話にならないな。


「莉世、森全体を把握してくれないか? 何かあった時のために」


「……承知しました。そこの女、道弥様に近づいたら殺すから」


 莉世はそう言うと、地面を蹴り闇夜に消えていった。


「莉世は行ったぞ、リーゼント」


 リーゼントは未だに怯えながら周囲を見渡す。莉世が戻ってくるのを警戒している。


「なんなんだ、あいつは?」


「俺の式神だ」


「お前の式神は狐と犬って言ってたじゃねえか! 嘘つきやがったのか!?」


「何も嘘をついていない。莉世は狐だ」


 それを聞いて、リーゼントは口元に手をあて考えるようなそぶりを見せる。


「妖狐か? 妖狐は化けると聞くが……あそこまで人間に化けられるんだな」


「莉世は特別だ」


「あんなに綺麗な人、見たことありません……。人ではない美しさみたいな」


 ゆずがうっとりしたように言う。


「妖狐ってのはあんなに綺麗になるんだな……妖狐か……ありだな」


 リーゼントは明後日の方向を見つめている。あれだけぼこぼこにされたのに、莉世に懸想するとはこいつドエムか?

 実はビンタされて喜んでいたのだろうか。

 だが、リーゼントは突如こちらを振り向くと、睨みつける。


「莉世さんには負けを認めるが、お前に負けた覚えはねえからな。お前のことは認めてねえ。勘違いすんなよ!」


 さっきまで俺の式神にぼこぼこにされていたとは思えない態度である。


「お帰り、莉世」


 俺はリーゼントの後ろを見ながら、声をかける。

 まるで殺人鬼が後ろにいると言われたかのように怯えた顔で振り向くリーゼント。だが、後ろには誰も居なかった。

 しっかりと教育の成果はあったようだ。


「居ねえじゃねえか! しばくぞ!」


「へえー。そんなこと言っていいんだ?」


 俺はにっこり笑いながら、後ろを指さす。


「てめえ、俺のこと馬鹿だと思ってんだろ? 何度も引っかかると思ってんのか?」


 そう言いながら、俺の元へ迫ってくるリーゼント。だが、その動きが止まる。何かに捕まったからだ。

 リーゼントはおそるおそる振り返るとそこに冷めた顔で笑う莉世が居た。


「教育が足りなかったようね」


 莉世はそう呟くと、リーゼントを足払いで体勢を崩しそのまま足で思い切りリーゼントの頭を踏みつける。

 リーゼントの頭が完全に地面にめり込んでいた。


「あれ死んでません?」


 ゆずが怯えながら言う。


「大丈夫、手加減してる、はずだ」


 俺はめり込んでいるリーゼントを見ながらそう呟いた。

 この後、スタッフの皆で治療しました。

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