第48話 餓鬼ガ……

 それから三十分後、リーゼントは素手で一つ目小僧と殴り合っていた。

 一つ目小僧とは笠を被った額の真ん中に大きな目が一つだけある坊主頭の五級妖怪である。

 比較的温厚な妖怪ではあるが、比較的力は強く、一般人ではとても叶わないだろう。

 一つ目小僧の鋭い蹴りがリーゼントに刺さる。


「がっ!?」


 腹部を蹴られたリーゼントは大きく後退すると、追い打ちをかけようと迫る一つ目小僧の頭を両手で掴む。


「良い蹴りだぜ。だが、舐めんなよ!」


 そのまま大きな瞳を狙って、ヘッドバッド。

 霊力を込めた一撃は一つ目小僧に刺さり、そのまま祓われた。

 そして地面には赤勾玉が一つ落ちる。


「よっしゃー! ようやく持ってるやつに出会ったぜ!」


 リーゼントは笑顔で勾玉を摘まむ。


「どうだ?」


 と誇らし気に言う。

 およそ陰陽師の戦いではない。それより武士の戦い方に近い。

 陰陽師が霊力を用いて妖怪を使役し、陰陽術で戦う者を指すように、武士は霊力を武器や体に込め、戦う者を指す。

 実際の妖怪の戦いでは前衛を武士に任せて後衛を陰陽師が担うことが多い。

 だが、武士になる者はそう多くない。


 陰陽師が目立ちすぎているのもあるが、なにより危険だからだ。

 実際陰陽師TVは放送されているが、武士TVはない。

 現在武士に、一級陰陽師に値するような者が現れていないのも大きい。


「武士になったらどうだ?」


 俺の言葉を聞くと、リーゼントは眉毛を顰める。


「俺は……陰陽師になりてえんだよ」


 今までと違い、リーゼントは小さく言葉をこぼした。

 その後も俺達は妖怪を探して、森を歩いた。

 二時間ほど歩いたところで、ゆずの歩行速度が落ちる。


 少女には長時間の移動はきついのだろう。四日分の荷物を持っているのも原因の一つ。

 それでもゆずは一つも愚痴をこぼすことなく、必死で俺達に付いて来ている。

 しかたない、か。


「おい、リーゼント。しばらく休むぞ」


「ああ? まだ歩いて三時間も経ってねえぞ?」


 この男は脳まで筋肉でできているのか、全く息切れすらしていない。


「私、まだ歩けます」


「俺が疲れたんだ。既に四点取っているんだ。無理する必要はない」


 ゆずの言葉を無視して、俺は近くの切り株に座る。

 リーゼントはなぜか嬉しそうだった。


「俺の方が、体力は優れているらしいな」


 結局その後は初日ということもあり、少しだけ移動して終了した。

 その夜、俺達は焚火をしながらレトルトカレーを温める。

 しっかりと食事がある分、キャンプ感があるなと思いながらカレーを頬張る。


「あの……道弥さん。先ほどはありがとうございます」


 先ほどの休憩のことだろう。


「なんのことかな? だが、無理はするな。お前がうちの勾玉を持ってるんだ。それを守るためには常に体力が必要なはずだ」


「はい、おっしゃる通りです。気を付けます。けど、道弥さんは態度とは裏腹に優しいですね」


「なんだそれ?」


「コムギでの対応で分かりますよ。犬に優しい人は信用できます!」


 と自信満々に言う。それは本当にあてになるのか。


「犬は好きだよ」


 今のやり取りを聞き、リーゼントがこちらを見据える。


「……俺はそれくらいじゃ認めねえぞ。俺は、真の漢しか認めねえのよ。お前みたいな強さだけの奴なんかよ」


 別に認めてもらわなくても困らんが。

 俺は呑気に思ってきたが、それは俺だけだったらしい。

 俺の後ろで何か禍々しい気配が感じる。

 あー、我慢できなかったかあ。最近我慢させすぎたんもんなあ。

 俺は呑気にそう思った。


 そこには殺意を纏った莉世が立っていた。

 その美しい顔は今、人を殺さんばかりの眼光でリーゼントを見据えていた。


「餓鬼ガ……」


 莉世はそう呟いた。



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