第46話 柴犬(可愛い)

 森は霊力に満ちていた。

 妖怪が蔓延ることで、人による伐採が避けられたためか大木が乱立している。草木も青々と生い茂り、付近からは妖怪の気配が感じられた。

 試験会場は十キロメートル四方ほどのようだ。


 人と関わるのが嫌いなのに、集団試験とは。

 その場でできた仲間など信用できるはずもない。また裏切られるのは御免だ。

 俺はとりあえず勾玉持ちの妖怪を探すため、動き始める。

 だが、それに待ったがかかる。


「皆さん、何ができるか話し合いましょうよう……」


 ゆずがおどおどと声を上げる。

 俺は別に二人が、何ができるかなんて興味はないんだが……。


「おめえは何ができるんだよ?」 


「私は偵察ができます。おいで、コムギ」


 そう言って、ゆずは一匹の犬を召喚する。

 妖怪というか、完全に柴犬だった。

 笑顔で尻尾を振っている。


 陰陽師は一般的には妖怪を使役しているが、霊も勿論使役が可能だ。

 死んだ柴犬と契約をすれば、柴犬を使役することも可能だが、実際にそうする者は稀だろう。


「柴犬ですけど……臭いで敵を察知することは可能だと、思い、ます」


 突然の柴犬にリーゼントも毒気を失ったようだ。


「こいつ、戦えるのか?」


「えーっと……弱い小鬼くらいなら」


 小鬼自体が六級妖怪。すなわち、全く戦力にはならないことを意味していた。


「おいおい! 遊びに来てるんじゃねえんだぞ! ほかには居ねえのかよ!」


「あと、鬼火が一匹です」


 この女、本当によく二次試験通ったな。


「おいリーゼント、お前は何を使役している」


「俺は五級の小青鬼(こあおおに)だけだ。だが、俺にはこの拳がある。これで今まで潜り抜けてきたんだ!」


 五級を使役しているのなら、及第点ではあるだろう。子青鬼は氷系の技を扱う小鬼である。


「お前こそ、何を使役してんだよ。一位さんよお?」


 リーゼントが下から睨みつけるように俺の顔を覗く。


「犬と狐だ」


 まあ、似たようなもんだろう。


『主様! 私は神狼ですよ! 犬とは違います!』


『私は狐だから間違いではございませんが……おおざっぱなような気がします』


 脳内で二人からブーイングが起こる。


「お前も犬かよ! 戦う気あんのか! そして女、なんでお前二次通れたんだ?」


 リーゼントが叫ぶ。


「私はもう試験三回目で、初めて二次試験を通りました。戦える子が居ないので、いつも落ちていたんですよ。けど、今年は結界解除がメインだったので、ぎりぎり通れました。結界解除は割と得意なんです」


 柴犬が叫ぶリーゼントを警戒して吠える。

 俺はしゃがみ込み、目線を柴犬に合わせると優しく語り掛ける。


「警戒しなくてもいい。俺は君の主の味方だ」


 しばらく唸っていたコムギはだんだんと落着き、最後は少し警戒を解く。

 役に立ったかはかなり微妙な自己紹介は終わり、俺達は森の中を歩くことにした。




 試験官から配られたリュックには四日分の食料と護符二十枚が入っている。

 護符の質は五級陰陽師が作成した程度の代物。

 既に何体もの六級妖怪を祓ったが、勾玉を落とした妖怪は一匹も居ない。


「やっぱり勾玉を持っている妖怪は少ないんですね」


 ゆずが悲しそうに呟く。

 分かってはいたが、やはり勾玉を持っている妖怪は少なそうだ。

 元々この森に生息している妖怪に勾玉をばらまいているとは思えない。おそらく後から放った妖怪の体の中に勾玉を入れている可能性が高い。


「おらあああ!」


 リーゼントは素手で妖怪と殴り合っている。

 お前陰陽師になる気があるのか?

 物理が効く相手しか、それできないだろ。

 勾玉を持つ妖怪を一匹も見つけられずに、二時間ほどが経過した。


『主様。おそらく敵の陰陽師が後十分もすればこちらに気付くかと。こちらから先に仕留めますか?』


 真が探知したらしい。


『敵の数は?』


『九人です』


『三チームか』


 ふむ。急ごしらえのチームであるのに、よく三チームで組めたものだ。おそらく狙っているのは俺か、十点の勾玉を持つ上位チームだろう。


『真、別に放っておけ。必ずこちらを狙ってくる。その時を逆に狙う』


『承知しました』


 どちらが狩人で、どちらが獲物か。それはすぐに分かる。

 二十分後、柴犬のコムギが吠える。


「二人とも、大変です! 囲まれています!」


「なにい!? 囲むって一チームは三人だろ!?」


 リーゼントが叫ぶ。


「十人近くいるようです。既に包囲されてます」


 既にずっと気付いていた俺は特に思うことはない。


『私に任せて下さい。五秒でバラバラにして見せますわ』


『馬鹿いえ。失格になるだろう。俺がやる』


 俺達三人は互いに背中合わせになると、周囲を警戒しながら見渡す。


「おお、気付いたのか。流石は一位、って言いたいところだけど、囲まれている時点で二次試験は運がよかっただけみたいだな」


 そう言って、木々の隙間から顔を出したのは二十くらいの青年だった。

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