第19話 雷獣

「おい、残りの四人はどこだ? 話が違うじゃないか!」


 協力する陰陽師が一向に来ないことに気付いた道弥の父、悠善が鉄平を非難する。

 二人は既に隣の区にたどり着いていた。

 既に一般人は避難しており、通りには人が殆どいない。


「うるせえなあ。来ねえよ、俺等二人だ」


 面倒くさそうに鉄平は答える。


「私を騙したのか!」


 苛立った鉄平は、悠善の胸倉を掴み叫ぶ。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ! じゃあ逃げんのかお前? 今協会から派遣されているのは俺等二人だけだ。ここでお前が逃げたら、更に被害が出るぞ」


「他人の命を盾にするか。屑が……」


 悩んだが、結局悠善は進むことを選んだ。

 このまま放置してさらに大きな被害が出ることを懸念しての行動である。

 二人は警戒しながら、町を歩く。


「だいたい、警戒しすぎなんだよ。四級陰陽師は、単独で四級妖怪を討伐できる実力がある。四級妖怪程度に怯えやがって」


 その四級陰陽師二人がやられたんだろうが、と悠善は喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 妖怪の妖気を感じ取ったからだ。

 その妖気に、悠善は自らの背中が汗でびっしょりになっていることを感じる。


「きゃーーーーーー!」


 突然、女性の叫び声が響く。


「近いぞ!」


「分かってるよ、おっさん」


 二人が遂に曲がり角を曲がった先には、女性を踏みつける獣の姿があった。

 二メートル近い巨大な獣。雷獣だった。灰色の毛に包まれ、犬のような四足歩行。そして、何よりその体には紫電が纏われている。


「た、助けて!」


 女性は必死に助けを求めた。


「今、助けます。少しだけ待っててください」


 悠善は優しく声をかける。


「雷獣か! りんぴょうとうじゃかいじんれつぜんぎょう!  我が声に応え、出でよ中鬼。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 鉄平は咄嗟に手刀で印を切り、式神『中鬼』を召喚する。

 臨兵闘者皆陣列前行は九字といい、呪力を持つ九の漢字であり、これを唱えることで霊力があがったり、邪気を祓うことができる。

 また急急如律令は、急々に律令のごとくに行え、という意味を持ち、唱えることで発動を早める効力を持つ。

 どちらも陰陽師の世界では最も使われる呪の一つである。


「子供と聞いていたが……成獣じゃないか。臨兵闘者皆陣列前行。出でよ中鬼。急急如律令!」


 悠善も文句をいいつつも、中鬼を召喚する。

 中鬼はこん棒を持った人間サイズの鬼である。力も人とは比べものにならない。


「同時に襲い掛かれ!」


 二人の使役する中鬼が同時に雷獣に襲い掛かる。雷獣は振り下ろされるこん棒を、素早い動きでよけると、その体から雷が放電される。


 バチッ、という音とともに、一匹の中鬼がバランスを崩し倒れこむ。


「なっ……嘘だろ! 一撃で? 中鬼は四等級妖怪だぞ?」


 鉄平は震えた声で叫ぶ。

 鉄平の中鬼の腹には大きな穴が開いていた。その一撃のすさまじさが垣間見える。

 中鬼は鉄平にとって最強の手札だった。それが一瞬で敗れたのだ。二人は一瞬で敗北をイメージしてしまう。

 雷獣は女性よりも二人を脅威と感じたのか、軽い動きで二人の元へ走って来た。


 どう戦う?


 悠善はどうすべきか考えていた。勝てるとは思えない。とっさに鉄平の方へ振り向くと、真っ青になった鉄平の顔が見える。


「お、お前のサポートが悪いんだ……俺は悪くない。お前が無能だから負けたんだ!」


 鉄平は悠善を後ろから思い切り蹴り飛ばす。

 蹴りを入れられた悠善はそのまま前に倒れこんだ。


「せめて時間を稼げ! 芦屋家なんだからよ!」


 鉄平はそう言うと、無我夢中で逃げ出した。

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