第18話 奴が来た

 芦屋家の朝は、一家揃っての朝食が基本。

 少し痛んだ畳が敷かれた居間のちゃぶ台の上には、美味しそうな味噌汁の匂いが広がっている。


「「「いただきます」」」


 食卓にはご飯と味噌汁、鮭一切れに納豆が置かれている。

 テレビでは、四級陰陽師がやられたニュースが流れている。


「これ近いんじゃない。大丈夫かしら?」


 母が不安そうに呟く。


「隣の区だな。まあ大丈夫だろう。東京は陰陽師も多い」


 父が答えた。

 俺はニュースを見ながら、考える。

 もし四級が一撃でやられているとなると、中々の強さではないだろうか。まあ関係ないか。

 朝食を食べていると、玄関が開く音がする。

 夜月か?


「おい! 任務だ! 早く来い!」


 その声を聞いた瞬間、芦屋家の皆が揃って顔を歪める。

 最も聞きたくない、安倍鉄平の声だった。


「あの人……いつ帰って来たの?」


 母など嫌悪感を隠しもしなかった。

 仕方なく、父が玄関へ向かう。俺もこっそりとついていく。


「帰ってきてたのですね」


「んなことはどうでもいいんだよ。任務だ、行くぞ」


「私は何も聞いておりませんが」


「今ニュースになっている陰陽師を殺害した妖怪を仕留めに行く」


 勝てるのか? 俺はそう疑問を持つ。


「……人数は?」


「四級六人だ。今すぐ行くぞ。今も区民の犠牲が出ているかもしれない。早く」


 絶対そんなこと気にしてないだろう、お前。


「……準備する」


 父は諦めたのか、準備を始めすぐに連れていかれた。

 あのゴミ野郎、東京に戻ってきていたのか。それにしても、何か焦っていたような、嫌な予感がする。

 着いていくか?

 俺が考えていると、気付いたら後ろに母が居た。


「道弥、まさか付いていこうとしているのではないでしょうね? そんなの絶対だめよ」


 母は俺の襟元を掴むと、居間に強制連行する。


「けど、父さんが危ないかもしれない」


「道弥が行ってどうなるのよ。お父さんを少しは信じなさい」


 母は呆れたように言う。

 もどかしい時間が過ぎる。十五分ほど経った時、再び玄関が開く音がする。


「おはようございます」


 この小さな声での挨拶は、夜月!

 これは渡りに船の訪問である。


「あっ! 俺今日夜月と公園で遊ぶ約束してたんだった! 行かなきゃ!」


「道弥、絶対隣の区になんて言ったらだめよ!」


 母の言葉を聞きながら、俺は玄関に行く夜月の手を掴む。


「今日は公園だったな。早く行こう!」


 そう言って、家から逃げ出した。

 家からしばらく離れた後、夜月は早く説明しろと言わんばかりに目線をこちらに向けている。


「どういうこと?」


「実は家から出られなくなって困ってたんだ。ニュースは見たか?」


「あの陰陽師が殺された事件?」


「その妖怪退治任務に父が連れていかれたんだ。だから、それを見に行く」


「……いくら少し陰陽術ができても、子供だけじゃ危ないよ」


 夜月が呟く。


「知ってるさ。だから、今日は家に戻れ。俺だけで向かう」


「どうやって行くつもりなの?」


 夜月の言葉で気付く。隣の区まではとてもじゃないが歩ける距離ではない。

 最低でも電車が必要だ。だが、今の俺は金がなかった。


「……家戻って金取ってくる」


「お金なんて持ってきたら、絶対止められるでしょ……」


 六歳に論破される大人がここには居た。

 正直俺は小遣いがとっくにつきていたので、親から拝借するしかないが、ばれたら終わりである。


「仕方ない……私も行く」


「子供が妖怪のいる場所に行くのは危険だ。絶対に断る」


「同じ子供でしょ……それに、私ならお金あるよ」


 そう言って、手に出すのは諭吉先生。こいつ、六歳なのに金もってやがる。うちはあまりないのに。

 夜月の危険性と、父の緊急性を天秤にかける。だが、俺がついていれば間違いなく夜月は守れる。


「……俺から離れるなよ」


「分かってる」


 夜月と共に大通りに出ると、タクシーを止める。


「隣の区へ」


 こうして俺達はタクシーで父の元へ向かった。

 間に合ってくれよ……俺はそう願いながら窓から動く風景を見ていた。

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