第15話 迷子

 雨が降る直前、夜月は木々の中に動く狸の尻尾を見た。


(あれは尻尾! 妖狸だ! 私でも一人で妖狸を倒せるところを見せてやろう)


 夜月は道弥に褒めて欲しい気持ちから、妖狸を探して道弥から離れた。

 生い茂った森の中に入るも、さっき見つけた尻尾は見当たらない。

 不幸なことにはぐれたタイミングと、雨が降るタイミングが重なる。

 目の前も見えないくらいの豪雨に視界が塞がる。


「あれ……ここはどこだ?」


 夜月は自分が完全に迷子になったことに気付いた。

 妖怪の出る山で一人、夜月はそこで自分がいかに危険な状況にあるか気付く。


「道弥ー!」


 夜月は叫ぶ。だが、その声は豪雨にかき消された。

 夜月は雨から逃れるために闇雲に森を駆ける。

 周囲の音一つ一つが恐怖に変わる。

 焦って走る夜月は、木の根に足を引っかけこけてしまう。


「いたっ!」


 夜月の膝は擦り剝け、血が滲む。夜月は涙が出るのを耐え、立ち上がると必死で走る。

 ようやく夜月は小さい洞穴を見つけた。


「……良かった」


 夜月は洞穴に逃げ込む。

 夜月はびしょ濡れの服を絞りながら、体育座りで外を見る。


「寒い……。大丈夫かな?」


 夜月は不安そうに呟いた。


(道弥に調子に乗るな、って言われたのに一人で妖狸を狙った結果がこれだ。今襲われたらどうしよう……)


 夜月は落ちた木々に鬼火で火をつける。

 ほんのりとした焚き火の温かさに涙が出そうになった。

 洞穴の奥から、何かが落ちる音がした。


 夜月は体を震わせ、後ろを振り向く。

 洞穴の奥は何も見えない。ただ漆黒が広がっているだけだ。

 夜月は震える体を無理やり動かし立ち上がる。


(く……来るなら来い!) 


 夜月はそう構えるも、全く何かが来る様子はない。穴の奥へ進むと、そこには雨漏りしているところがあり、その音だったようだ。

 夜月は妖怪でないことに安堵して入口へ戻る。

 再び雨が止むのを外を見ながら待っていると、外から人の気配が。


「道弥!」


 夜月は叫ぶも、外から現れたのは優しそうな青年だった。登山客のようにパーカーにジーパンのいでたちで傘をさしている。

 眼鏡をかけ、穏やかそうにこちらへやって来た。

 誰かが助けに来てくれたのだ、と夜月は喜んだ。


 だが、すぐに夜月は気づく。

 ここで会った者は半分以上が狩衣を着ていた。彼はなぜ私服なのか。

 よく見ると、彼の後ろには短くも太い尻尾が見える。


「妖狸か!」


 夜月は護符を手に立ち上がった。

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