第11話 罪なき子

 日課である霊力消費のために、護符を作成していると母の声が聞こえる。


「道弥、お友達ですよ」


 お友達?

 自慢ではないが、自分に友達と言えるような人は一人も居ない。あまりにも一人のため、保育士さんに道弥君も鬼ごっこ入れてあげて、と言われた数は数えきれない。


 あの気まずさは忘れられない。俺は大人になってもそんなことを言わない大人になりたい。

 怪しいな。詐欺かと思うが、幼稚園児を狙う詐欺師はマニアックが過ぎる。そう思いつつ玄関に向かうと、そこには昨日会った夜月が居た。


「どうしてここに……?」


 俺は首を傾げる。なぜ家を知っているんだ、とか。なぜここに来たのだ、とか色々疑問だった。


「……帰る」


 俺のリアクションがショックだったのか、夜月は半泣きになりながら、後ろを向いた。


「道弥、せっかく来てくれたお友達にそんな態度とってはいけないわ」


 と母が俺を窘める。


「ごめんなさい」


 母が俺を怒るのはかなり珍しい。


「ごめんなさいね。この子、シャイなのよ。遊んであげてくれる?」


「……暇だから、来た」


 不愛想に夜月はそう言った。


「そ、そうか……」


 俺はそれ以上何も言えなかった。子供の気持ちは分からん。


「道弥、公園でも行って来たらどう?」


 母の助け舟により、俺達は公園に行くこととなった。

 東京は人口は多くなったものの、公園で遊んでいる子供は一人もおらず、貸し切りだった。

 俺達は無言でブランコに乗る。


「昨日の礼を、言いに来た。昨日はありがとう」


 礼は言わないんじゃなかったのか、と思いつつも口には出すまい。


「別にいい。俺が苛立ったからしただけだからな。別にお前のためにした訳じゃない。俺は何も知らずに陰口ばかり叩く奴等が嫌いなだけだ。いつもああなのか?」


「もう慣れたけど。だから人と関わるのは嫌い。皆、この髪を嘲笑い距離をとる。大人も子供も一緒。この間も夜月という名前なのに、夜なのに銀色の髪だって馬鹿にされた……」


 そう悲しそうな声で言う。だが、俺はその悪口に首を傾げる。


「そうか? 夜の月って、夜月の髪みたいに綺麗な銀色だろう。むしろ、ぴったりな名前だと思うけどな。夜の月ほど、美しいものはない」


「そ、そう?」


 夜月が、自分の髪を見ながら嬉しそうに言う。


「ああ。今に皆がお前のその美しい髪を羨むようになるさ。そこら辺の馬鹿共の言葉などに傷つかなくていい」


「道弥は、強いな。道弥も色々言われてたのに。道弥も昔からああだったの?」


「俺だけでなく、芦屋家全体が陰陽師の者達から嫌われているのさ。俺も両親も何も悪いことはしてないのに、嫌がらせや悪口は日常だ」


「そっか。じゃあ、私達似た者同士だ」


 どこか嬉しそうに言う。


「夜月、礼を言いに来ただけじゃないんだろう?」


「……うん。同じように皆から嫌われているのに、堂々としている道弥が気になって。どうしたらそうなれるのかな、って」


 俺は大人だからともかく、夜月はまだ五歳。この状況はとても辛いだろう。どうやら俺も夜月の状況をどこか自分と重ねているのかもしれない。


「目標を作ればいい。俺には目標がある。必ず陰陽師の頂点となり、芦屋家を再興させる。最強の陰陽師家としてな。陰陽師というものはよくも悪くも実力主義だ。俺が陰陽師として頂点に立てば、皆を黙らせることができるだろう。そのために俺は毎日努力しているつもりだ」


「もうそんな目標持ってるんだ、凄いな。目標かあ……」


 夜月は考え始める。


「じゃあ、私も一流の陰陽師になる! 実力主義なら、私も強くなれば馬鹿にされないってことでしょう?」


 夜月は今日一番の笑顔で言う。


「良いじゃないか。実力で黙らせる、それが格好いいもんだ。夜月は霊力も高い。頑張れば、一流の陰陽師になれる」


「頑張る」


「頑張れ。少しくらいなら手伝ってやる」


「本当? じゃあ、また陰陽術教えてね」


 来た時より少し明るくなって良かった。

 夜月はどこかすっきりした表情で帰っていった。

 俺は夜月が帰った後、自分の発言に疑問を感じる。


「俺が、手伝うなんて言うとは……」


 似たような境遇のせいか、どこか夜月には甘くなってしまったのかもしれない。

 まあ、罪なき子供が酷い目にあっているのに、放置などできないか。

 俺はそう思いながら家に戻った。

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