第6話 俺より上手くね……?

 子供に陰陽師の訓練を行うのは、どこも三歳くらいからだ。

 それより幼い子供に霊力云々言っても意味がないだろう。

 正直三歳でも理解できる子の方が少ない。感覚的なもので、霊力の消費方法だけでも親は必死に教えるというのが陰陽師教育だ。


 霊力の消費のために、物への霊力注入は既に習い済である。和紙や水に霊力を注入することで子供の霊力を消費させることにより、霊力の底上げをする。

 これは平安時代から変わらない。

 この二年間の間に、和紙への霊力注入方法については学んでいた。


「今日は本格的に護符の生成を行う。これが使用する和紙と、墨だ」


 父はそう言って、護符用の和紙と朱墨を取り出す。墨からはほのかに霊力を感じる。良い聖水で溶かれたことが分かる。


「字についてだが、今回は守護護符の呪を書いてもらう。今日は日柄も良い。風呂に入って、体を清めてきたら、早速始めよう」


「分かりました」


 父にそう言われ、俺は風呂に入る。

 護符の作成は一般人が思っているよりも重労働である。まずお日柄は時間を気にしなければならない。いつ作成しても良いわけではない。

 そして、潔斎けっさいによって体を清め、祈願により心を清める。


 他には、場所や和紙、墨、筆、全ての影響を受け、護符の質は決まる。

 一流の陰陽師が全てを揃え作成する護符は、平安時代では家よりも高い値段で取引されていたものだ。

 それにしても五歳で守護護符生成は早すぎるだろう。普通じゃ無理だぞ、と俺は笑う。

 まず呪として書く漢字は普通五歳では覚えていない。だが、なんでもすぐに覚える俺に、遂に呪文用の漢字まで教え始めたのだ。


 自分が何か覚える度に喜ぶ両親を見ると、俺も嬉しくてなんでも披露してしまった。

 子供じゃないと疑われても仕方ないな。

 俺はそう思いながら体を洗い流す。

 そして、子供用の狩衣を羽織り和室へ向かった。


「道弥、ではまず私が見本を書く。それを見て、書いてみなさい。墨に霊力を乗せて、和紙に刻むように書くんだ」


 父は畳の上に正座すると、毛筆を朱墨につけ和紙に呪言を書いていく。

 丁寧な筆運びだった。達筆で、何度も書いてきたことが伝わってくる。

 墨を通して霊力が和紙に籠る。

 宿った……。良い集中力だ。


 教えてもらっているはずの俺だが、まるで審査するように父の符呪を見てしまった。

 書き終えた後、父は小さく息を吐くと額の汗を拭ってこちらへ顔を向ける。


「道弥、書いてみなさい。おそらく初めは護符としては使い物にならないものしかできないだろう。だが、毎日挑戦することが大事なのだ。私が護符の作成に初めて成功したのは十三歳の頃で……」


 俺は父の長い話を無視して正座し、机に向かう。

 護符作成なんて、久しぶりだな。昔はよく書いたが……。

 俺は毛筆を握ると、邪念を全て捨て去る。

 毛筆を朱墨に浸し、筆に霊力を込める。そして、護符に一文字一文字丁寧に呪を刻んでいく。


 文字を書ききった時、そこにはとてつもない霊力のこもった守護護符が完成していた。

 やりすぎたかもしれない……。

 久しぶりの符呪で加減が分からなかった。

 父は俺が作成し終わった護符を見て、唖然としている。

 護符には達筆な字で呪が刻まれていた。


「字……上手いな」


「ま、毎日頑張りました……」


 苦しい気がする。こんな字、子供が書くか? 自分でも突っ込みたくなる。


「毎日、父さんの護符作成を見ていましたから! それのおかげです!」


「けど、俺より達筆な気が……」


「それは父さん、親馬鹿というものです。誰が見ても、父さんの字の方が上手いですよ!」


「それに初めての符呪なのに成功しているじゃないか……」


 父は恐る恐る俺の作成する護符を持つ。


「なんだ……この護符は……」


 やばい。明らかに多くの霊力が籠っている護符を見て、父の声が震えていた。

 この護符を持って行かれては面倒なことになる。

 そう感じ取った俺は、獲物を狙う猫のような動きで、護符を父の手から取り返す。


「恥ずかしいので、見ないでください!」


 そして、両手に霊力を込め、無理やり護符を破り捨てた。


「馬鹿っ! 何をしている!」


 父は突然の俺の行動に、大声を上げる。

 父は呆れたようだが、やがて優しく笑う。


「上手だったぞ。まさか初めての符呪を成功させるとは。流石は俺の息子だ」


 父はそう言って、俺の頭を優しく撫でた。

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