第2話 虐げられる芦屋家
俺は話せないために、目や耳から必死に情報を集めた。
そして遂に最も知りたい情報を得る。
二〇〇二年だと⁉ 俺が死んでから一体何年経ってるんだ?
想像もつかない事実だった。
だが、ここがもはや平安ではないことはうすうすと感じていた。
居間には、小さい人間が動き話す謎の箱『てれび』という物があり、『でんき』という力で家は二十四時間明るく照らされている。
夜は月夜に照らされ、書物を読んだ俺からすると、この世界は明らかに平安ではなかった。
千年とはかくも人類は発展するのか……とぼんやりと考える。
もう晴明は居ないのだ。奴も既に死んでいるだろう。へどろのようにどす黒く固まった俺の奴への憎しみも全ては行き場を失った。
自分の悲しみを表現するかのように自分の喉からは泣き声が響き渡る。
俺はなすべきことを失った。一族の復讐ももう行き場はない。
「よしよし。少し家の中を歩こうか」
母に抱きかかえられ、俺は縁側へ運ばれる。
母の名は
父の名は
千年の時を経ても、陰陽師という職は存在しているらしい。周囲からは妖怪の気配も感じられる。未だに陰陽師として人は妖怪と戦っているとは驚きだ。
現代の技術は相当上がっている。その武器を使おうと、陰陽師は駆逐されなかったのか。
どこか嬉しさがあった。
そんな少ない情報でも分かることがある。芦屋家の立場の低さだ。
芦屋家の家系が絶たれることはなかったようだが、陰陽師としての立場は底辺も底辺をさ迷っている。
玄関が開く音が家の中を響いた。
「ただいま」
父の声だ。
そして、その後にすぐもう一人の野太い声が響く。
「おい! 明日までに三人分の護符を用意しておけよ。裏切者の芦屋家を使ってやってるだけ、ありがたく思ってほしいぜ。うちの家を裏切ったんだ、それくらいはしねえとなあ」
「……はい」
父を怒鳴っているのは、安倍家の男、安倍鉄平(あべてっぺい)。まだ二十歳ほどだろうか。ガタイが良く、陰陽師というより武士のような男だ。
「返事だけだぜ、お前はよ」
男は父の腹部を蹴ると、玄関に唾を吐いて去っていった。
父は、男が去っていった後に、小さくため息を吐いた。
母は父の近くに駆け寄る。
「大丈夫、あなた? ひどいことするわ……。なんで先祖のことで、私達まで嫌がらせをうけないといけないの」
母が悔しそうに言う。
「由香、ご先祖様は何一つ悪いことはしていない。芦屋家は現在、安倍家を裏切った裏切り者として陰陽師界で爪弾きにあっているが、それは全てでたらめだ。安倍家に裏切られ敗北した後、裏切者の汚名を着せられた。私は祖父母からそう聞いている。ご先祖様もまた被害者なんだ」
「そうね……ごめんなさい。けど、毎日嫌がらせを受けている貴方が不憫で……他の仕事でもいいんじゃない?」
母はそう尋ねる。
だが、父は首を横に振った。
「すまない、私はまだ陰陽師で居たい。私はまだ四級陰陽師でとても一流とは言えないが、昔の芦屋家は今の安倍家のように一流の陰陽師も多かったらしい。芦屋家を再興するという夢が未だに捨てられないんだ。君には迷惑ばかりかけて申し訳ないが」
「私は、貴方がいいならいいんだけど」
「私が頭を下げることで、君と道弥が生きていけるのならいくらでも下げるさ。だが、道弥まで今のような扱いを受けると思うと……やり切れんな」
「道弥には自由に生きてもらいましょう。私たちの子だもの、きっといい子だわ」
「ああ。間違いない」
そう言って、父は笑った。
俺は今ほど赤ん坊の体を呪ったことはない。
煮えたぎるほどの怒りをどこにもぶつけることができない現状が憎かった。
あの日、裏切られたのは俺達芦屋家だ。呼ばれた宴会で、式神を使い殺された。なのに、現在芦屋家は裏切者としてどこに行っても後ろ指を指されている。
こんなことがあっていいのか?
どこまで卑劣なのか。
歴史とは勝者が作るもの、と言われているが負けた者は弁明の機会すら与えられないのか。
その汚名という名の呪いは千年以上経った今も、芦屋家を呪っている。
俺が、あの日勝っていれば……芦屋家の立場はこのようなことになっていなかっただろう。
俺が弱いから。安倍晴明にあの日負けたから。
実力では負けていなかった。
奴の行動が信じられなかったのだ。
親友と思っていた晴明の行動を、理解するのに時間がかかった。
俺が油断していたから。悔しく、情けなかった。
泣き声は、俺の心を現すように、屋敷中に響き渡っていた。
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