第17話

 結局集落を歩き回ってみたが、あんまり情報を手に入れられず、気が付いた時には日が暮れてしまっていた。

 わかったことといえば、この集落にいるのは男性が多く、ここを開拓しに来ている人が大半だということぐらいだ。ここを開拓して魔女の森の貴重な薬草を採取しやすいようにするためにこんな辺境に集落を作ったらしい。この辺りは聞いたわけじゃなく屋敷の資料室にあった資料に書いてあったことなのだが。

 本当は魔女の森の歴史やなんかを探していたのだが、資料室にあった魔女の森の歴史関係の資料はごっそり無くなっていたので誰かが持って行ってしまっていたようだった。

 そんなこんなで時間だけが過ぎ、屋敷に戻って夕飯をいただいて、やっと部屋に帰ってきたところだ。

 これだけ大きな屋敷なだけあって夕飯は豪勢でおいしくてよかった。だが、なぜか夕飯の時間になっても男が現れず、長と二人で食事をとることになってしまった。女中さんが部屋に呼びに行ってくれたようだが、返事はなかったそうだ。

 部屋に入ると吸い込まれるようにベッドで横になる。

 部屋の中、僕一人で音もないので自然と隣の部屋に聞き耳を立ててしまっていた。だが隣の部屋からは何の音も聞こえない。

 正直あの男のことだから、特に心配はしていない。どうせどこかにふらっと出かけているのだけだろうから、そのうち帰ってくるだろう。

 それよりもこの時間になっても少女が帰ってきてない方が心配だ。窓の外はすでに太陽は沈んで真っ暗になっている。幽霊なので身の危険はないはずだが、暗い道で迷ってしまっている可能性はなくはない。というか、迷っている姿が簡単に想像できるし、妙にしっくり来てしまう自分がいる。

 本当は探しに出たいが、土地勘のない僕が出たところで迷い人が一人増えるだけだ。それに夕飯のあとから妙に体が重くてベッドから起き上がる気が起きない。

 まぁ、どうせ起きていてもやることもないのでこのまま寝てしまおう。そのままベッドに体を預けると不思議なくらいすぐに眠りにつけた。


「……い、おき…。起きろって……」

 遠い意識の向こう側、遠くから誰かの声が聞こえる。

「起きろって!いってんだろっ!」

 声とともに頭にゴツンという鈍い衝撃を受けた。いきなりのことに体が反射的に起き上がった。

「うおっ!?……いきなり起き上がるなよ」

 暗闇の中、寝ていたベッドの横にいた誰かが突然起き上がった僕に驚いているようだった。目が暗闇に慣れていないため、顔がしっかり見えない。けど、この気の抜けた声には聞き覚えがあった。

「……起こすならもう少し優しく起こしてくださいよ」

「そんなこと言うなよ。この緊急事態に寝てるやつが悪い。……それに最初に会ったときに言っただろ俺は男が嫌いなんだ」

 僕の文句に男がいつもの調子で答える。

 緊急事態らしいがたたき起こされたせいで頭はじんじんと痛いし、目が覚めたばかりでぼーっとして頭が回らない。

「で、何が緊急事態なんですか?……美人でも見つけたんですか?」

 たたき起こされた腹いせに軽口を言ってみるが、どうもそういうことを言っている状況ではなかったらしく。男はいつもとは違う真剣な声音で

「あのなぁ、俺をなんだと思ってるんだよ。……まあ、いい。とりあえずもうすぐお前を捕まえにあいつらが押し寄せてくる。その前にここを出るぞ」

「……あいつら?」

「ここの集落のやつらだよ。お前、ここのものを食ったり飲んだりしてたがなんともないだろ」

「……?それと何の関係が?」

 僕が捕まるのと、食べ物の話がどうつながるかわからないが特に体に異変は感じてはいない。そういえば部屋に来る前にも同じようなことを男から聞かれた気がする。あの時からそれを心配していたのだろうか。

「最初にあの狸親父のとこでお前だけ紅茶が出されてただろ。アレ、なんか特別なヤツらしくてな。普通のやつが飲むとヤバい葉っぱらしいんだが、お前なんともなかっただろ。お前みたいに飲んでも何ともないやつをあいつらは探してたんだと。たぶん夕飯にもおんなじ葉っぱが混ぜてあったはずだ。それでもお前は何ともないから目を付けられちまったんだよ」

 思い返すと見たことのない香草が料理に入っていたような気もしなくもない。

 何ともなくてよかったが、もしもの時を考えると鳥肌が立ってくる。何も考えずに飲んだ紅茶や食べた物がそんな危険なものだったなんて考えるだけで寒気がした。

 男はそれに気づいて、夕飯にも現れなかったのだろう。それならそうといってくれればいいのに。

 それにしてもそんな情報をどこで知ったのだろう。集落の人からなら普通に聞いても聞き出せないはずだ。なにせそんな危険なものを食べ物や飲み物に混ぜていたとなれば、この集落に来る人がいなくなってしまうからだ。

「そんな情報、どこから?」

「シェフのやつをちょっと締め上げてな。……なに、ちゃんと記憶はとばしておいたからバレはしないさ」

 その言葉を聞いて背筋に寒いものが走る。なんでいい笑顔でそんなことが言えるんだろう?

 ちゃんと記憶はとばしたってなにそれ?記憶ってそんな簡単にとばせるものなの?……深堀りすると怖いのであんまり深くは聞かないようにしよう。

「でも、なんでそんな危ないことを……」

「あいつら魔女を復活させる儀式をしたいらしい。そのための生贄探しにあの紅茶やなんかを使ってるんだと。もともとここはそのために作られた集落なんだよ」

 さっきよりもすさまじい衝撃が全身に電撃のように走った。

 魔女の復活?そんなとんでもないことをやろうとしているのか、この集落の人たちは。復活なんてしたら、また周囲の街が襲われたり少女のような被害者が大勢出るっていうのに。野菜売りのおじいさんだってやっと平和になったって喜んでいたのにそんなことは

「そんなの絶対ダメですよ!」

 怒りのあまり思わず大声をあげて立ち上がってしまった。

 いきなりだったものだから男は驚いて仰け反るとすぐにシーっと口の前に手をやり

「バカ、大声出すな。何のためにこんな暗い中いると思ってる。あいつらにバレたらどうするんだよ!それに……儀式なんてさせないために今話してるんだろ」

 僕を落ち着けるように無理やり座らせながらそう告げた。

 男だって魔女の復活と言われて内心穏やかではないのだろう。僕を無理やり座らせた腕に力が入っているのが分かった。男だって少女のことを聞いている以上、魔女復活なんて聞いたら思うところがないわけがない。

「すみません。つい……」

「……なんにせよ、時間がない。そのまま静かに窓の方へ行け。足音を立てないように静かにな」

 こくんとうなずき男に言われた通り、ゆっくりと静かに窓の前まで行く。

 カーテンが開いていて窓の外が見えるが、月が重い雲に覆われているせいで視界は悪く、かろうじて二,三メートル先の集落を囲んでいる丸太の外壁が見えるくらいだ。

「もうすぐやつらが乗り込んでくる。俺がこの扉を抑えてるから、その騒動に乗じてお前はあの壁の上にある木のところに飛び移れ。ほらあそこ。あれだけ葉っぱが生い茂ってればこっちからは見えなくなるはずだ」

 いつのまにか横にいた男が窓の外を指さして言う。確か丸太の壁の上に覆いかぶさったあの木のところに思いっきり飛び込めばこの暗さなら見つかることはないだろう。だが

「……あそこまで届く気がしないんですけど」

「そんなもん、気合だ気合」

 言う側は簡単だろうが実際やる側はそうはいかない。

 平地で助走があれば届くかもしれないが、あいにく窓枠が高く助走をつけては跳べない。となると、自分の跳躍力で跳ばなければいけないのだが。この距離はさすがに無理がありすぎる。跳んだところでそのまま地面に転がるのが関の山だ。

 ためらう僕をよそに男は飛び出すために窓をゆっくりと静かに開けている。

「……無理ですって、届かないですよ」

「無理じゃねぇ、やるんだよ!……それにもう時間切れだ」

 男がそういった瞬間、壁の向こうから階段のきしむ音が聞こえてきた。

 聞こえる音から考えると一人ではなく何人もいる気がする。階段のすぐ近くにあるこの部屋にもすぐやってくるだろう。部屋の扉は男の手によって動かされた家具でふさがれているが、数人がかりで無理やり開けようとすれば長くはもたないだろう。

「……なぁ、お前あの子のことどう思ってんだ?」

 こんな状況なのにふいに男がそんな質問をしてきた。

「いきなり何を……?」

「いいから」

 なんでいきなり聞いてきたのかわからないが、横に見えた真剣な男の表情にそんなこと聞ける雰囲気はなかった。

 少女のことをどう思っているか。正直自分でもよくわからない。少女のことを考えると出会ったときに感じたあの体が熱くなる感覚が今でもある。この感覚を表せる言葉を僕は知らない。けど、そんな答えを男は待っていないだろう。男の視線は僕の真剣な答えを待っている。なら、言葉にならないなりに真剣に答えなければいけない。

「……最初に会ったとき、彼女を見て胸が熱くなったんです。その感情をなんていうかはわからないんですけど、その感覚を忘れたくなくって、手放したくなくって一緒に旅をしてきたんです。その感覚が“運命”なのかなって思ったから」

「……運命?」

「はい、運命です。昔、父が言ってたんです。母と初めて会ったとき、運命を感じたって。たぶん、それと同じ……、いや、それ以上の運命だったんです」

 そこまで言い切ったとたん急に恥ずかしくなってきてしまった。顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。

 こんな恥ずかしい話、少女本人の前では絶対言えない。それに

「……言わせておいて、笑うのはひどくないです?」

 目の前で男が口をふさいで頑張って笑いをこらえているせいで恥ずかしさが倍増させらている。言えっていうから言ったのにその反応はないだろう。

「すまんすまん、別に面白がって笑ってるんじゃなくてな。いや、面白いには面白いんだが、変な意味じゃなくって面白いこと言う親父さんだなと思ってな。……だって“運命”なんて気軽に使う言葉じゃないだろ?たぶん、その感情はもっと簡単な言葉にできるはずなのに面白い言い方だなと思ってな」

 笑われてしまったが、それでも僕の真剣な感情は男に伝わったようだ。

 今の僕にはこの“運命”を簡単に言い表せないが、男のように大人になればこの感情を言葉にできるようになるのだろうか。

「まぁ、運命ならしょうがないよな。……ここから逃げたら、そのまま森へ行け。そこであの子が待ってる。お前の助けを必要としてるはずだ」

「……それも聴こえたんですか?」

「いいや、大人の男の勘だ」

 ふっと二人で静かに笑った。

 土壇場でそんなことをいう男も男だが、それを信じて突き進もうとする僕もどうかしてるのかもしれない。

 外から聞こえる足音はもう部屋の前まで来て止まり始めている。全員が部屋の前でそろえばすぐにでも部屋に乗り込んでくるだろう。

 男に視線で指示され、窓の縁で跳ぶ準備をする。男もいつ来るかわからない衝撃に備えて家具ごと扉をおさえて待ち構えている。


 静かな中、控えめなコンコンというノックの音が響く。全身に緊張が走る。いつ来ようと跳ぶ準備はできている。いつでも来いという気持ちで扉への衝撃を待つ。

 ガチャリとドアノブが動き、ギーっとドアの開く音が部屋の中に響く。

 えっ?ドアの動く音?

 不思議に思い、振り向く。

「どういうことだ?部屋にいないぞ!?」

 隣の部屋から長の困惑する声が聞こえる。隣の部屋の出来事なのにこちらの部屋も揺れるくらいにガタガタと物を動かす音が聞こえてくる。

 部屋の中に僕が隠れていないか探しているのだろう。なぜ隣の部屋を探しているのかわからないが。

 僕が不思議に思っているのに気が付いたのか、男が扉をふさいでいた家具を動かしながら

「ここ、俺の部屋。お前を気づかれないようにこっちに移しといたんだよ。俺が出たらすぐに跳べよ。お前たちとの旅、悪くなかったぜ。……達者でな」

 優しい表情でそれだけ言い残すと、扉を開いて部屋を飛び出していった。その次の瞬間には

「おい、隣から逃げたぞ!追え、あいつを捕まえてあのガキがどこ行ったか聞き出せ!」

 怒声とともに、何人かが廊下を走っていく音が聞こえる。男がご丁寧に扉を閉めて行ってくれたので、僕がすぐに見つかることはなさそうだ。

 そのまま男が騒ぎを起こしながら逃げてくれているようで屋敷の中はだいぶ騒がしい。この騒ぎが終わらないうちに向こうの壁に飛び移って集落の外に出よう。

「すぅー、はぁー」

 深く呼吸をする。まだ壁まで届く気はしていないが、少女が待っているとなれば届く届かないじゃなく、なんとしてでも届かせるしかない。

 窓の縁に立ち、身を乗り出してできるだけ距離を稼ぐ。後は、僕のジャンプ力次第だ。窓の狭い縁にしゃがみこんで、両脚に力を籠め全身全霊で壁に向かって跳んだ。

 宙に浮いた体を精一杯壁の方に伸ばす。

 だんだん近づいていく壁とともに重力で体は地面に吸い込まれていく。

 もう少し、あと少し。全力で届かせる!その一心で手を伸ばした。


 木をバサバサと揺らしながら、ギリギリ上半身を壁に引っ掛けるような形だがなんとか届いた。

 全力での跳躍に一瞬で息が上がってしまっている。だが、それだけ全力で跳んでも下半身は完全に木の外に出てしまっている。このままではいつ見つかってもおかしくないので、大急ぎでもそもそ体を持ち上げて木の枝の奥に体を隠す。

 まだ男が頑張ってくれているようで、今度は集落の中心の方が騒がしくなっている。部屋の方に向きなおすと、扉はまだ閉まったままで僕が部屋に残っていたことは気づかれていないようだった。それもこれも男のおかげだ。男の献身を無駄にしないためにも早く集落の外へ出なければ。

 木をできるだけ揺らさず音を立てないように下りたつもりだが、どうしても服が引っかかってしまい結構ガサガサと木を揺らして音を立ててしまった気がする。緊張感のある状況で、音に過敏になってしまっているだけかもしれないが。

 集落の外は真っ暗でほとんど何も見えない。魔女の森に入ってしまえば、生い茂った木々に阻まれて星や月の光すら届かないだろう。それでも僕は行かなければならない。向かう先に少女が待っているなら。

 集落で僕を逃がすため頑張っている男を助けに行きたいが、それでは男が残った意味がなくなってしまう。後ろを見たら迷いが出てしまう。まっすぐ森だけ見て全力で走りだす。

 最初は暗闇への恐怖や集落の音が気になっていたが、夢中で走るうちに、すべて風の向こうへと流されていった。

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