第十六話 盗賊団シムーン
「イサール、知ってるひと?」
アムルが首をかしげて、イサールの表情を伺う。
問われた謎の男は、イサールの表情が強張るのを見て、にやりと笑った。
「あんたは……………………だれだっけ?」
イサールの回答に、男はがくりと肩を落とす。しかし、すぐに持ち直すと肩を怒らせてふんぞり返った。
「俺の名は、シャンガフだ。シムーンの統領だぞ。知らないのか」
男の声は低く、まるで獣の唸り声のようだった。傍で聞いていた観衆たちがぶるりと身体を震わせる。
しかし、イサールの態度は変わらない。あっけらかんした口調で肩をすくめる。
「しらないわ。私、二年くらいこの街を離れていたもの」
「シムーンってなに?」
アムルがイサールの裾を引っ張って尋ねた。しかし、イサールも聞いたことがないようで首をかしげている。
すると、近くにいた観客の一人が、小声で助け船を出してくれた。
「ここいらをシマにしている盗賊団さ。一年ほど前に突然この街へやって来て、居ついちまったんだ」
〝居ついた〟という不穏な言葉にイサールが眉をしかめる。住民たちの様子から、盗賊たちを歓迎してはいなさそうだが、どこか彼らの顔色を窺って遠慮しているようにも見える。そんな彼らの態度に違和感を覚えつつも、イサールは視線をシャンガフと名乗る男へ戻した。
「ふーん……で、その盗賊の
「忘れたとは言わせねぇぜ。三日前、うちの仲間が緑色の長い髪の男と、妙な仮面男にやられたってな。仮面男はいないようだが……一人は、お前のことだろう」
シャンガフが、無精ひげの生えた顎でイサールを指す。
イサールは顔をしかめて、何かを思い出そうと首をひねる。
「三日前って…………私がウィンガムに戻ってきた日ね。あぁ、そういえば、しつこいコバエがいたから、ちょちょっと追い払ってやった覚えがあるけど……あれ、あんたのとこのコバエだったのねぇ。ちゃんとしつけておいてよね~」
それは、ちょうどアムルたちとイサールが出会った日のことだ。イサールが悪漢たちから追われていたため、シンと二人でそれを撃退したことがある。
アムルとイサールは、ようやくあの時の悪漢の一人が、シャンガフの隣で「お頭あいつです」と指さしてきた男であることに気付いた。
「私、あんた達みたいなむさっ苦しい
イサールは、嫌悪感をむき出しにして、低い地声で言った。
シャルガフの額に青筋が立つ。
「ぁあ? しつけが必要なのは、てめぇの口のようだな」
シャルガフが、ごきっ、と指を鳴らした。
傍で聞いていた観衆から「ひぃ」と悲鳴があがる。
だがイサールも負けじと、鋭利な目つきで睨みをきかせた。
体格では明らかにシャンガフの方が有利だったが、イサールの強さは以前アムルも目の当たりにしてよく知っている。舞を踊った時のように、そのしなやかな肢体を生かして互いにいい勝負となるだろう。
イサール自身にも、負けない自信があった。伊達に一人旅を二年も続けていたわけではない。むしろ好機とすら考えていた。
(ここで私がこの男を軽くのしてやれば、住民たちの人気を勝ち取れるんじゃない? 舞を踊った時もいい感触だったし……ここはちょっと遊んでやろうかしら……)
イサールとシャンガフの間に火花が散った。
一触即発の空気に、シャンガフの部下たちは、背後で野次をとばし、街の住民たちは火の粉が飛んでこないよう距離をとる。
しかし、一人だけ他の皆とは違う考えの人物がいた。
「ケンカしちゃ、ダメーーーーっ!!!」
突然、アムルが大声を張り上げたのだ。
その場にいた全員が、今はじめてその少女の存在に気づいたようにアムルを見つめた。アムルは、両手を固く握りしめ、ピンク色の髪の毛が逆立っている。
イサールも、自身の両耳を手で抑えて振り返った。
「……ちょっとなによぉ、急にびっくりするじゃない」
「ケンカしちゃ、ダメ。みんな仲良くしなきゃダメだよっ」
蜂蜜色の大きな瞳がメラメラとゆれている。アムルは怒っていた。
その表情を見たイサールが、驚いたように眉をあげる。
「ぁあ? ガキが大人の事情に首を突っ込むんじゃねぇ」
シャンガフが、アムルに向かってどすの効いた声で凄んでみせた。
周りにいた住民たちは皆、シャンガフの威圧感に声もでない。
それでもアムルは引かなかった。それどころか、自分の二倍以上も体格さのあるシャンガフの方へ、だんっ、と足を踏み出す。
「おじさんこそ邪魔しないでっ。もう少しで風を取り戻せるところだったのに!」
ぷーっ、と頬を膨らませて怒るアムルに、イサールは頭の中が真っ白になった。
(え、いつ? いつ風を取り戻せそうだったかしら……?)
シャンガフが、ばかにするような笑みを浮かべる。
「はぁ? 風をとりもどす? はっ、ガキが……寝言ならママのとこへ帰ってから言いな」
へへっ、とシャンガフの部下たちも
しかし、アムルは胸を張り、ぴしゃりとそれらをはねっ返した。
「あたしにママはいないよ」
「……っ!」
アムルを見下ろすシャンガフの表情が、僅かに歪んだ。苦い物でもかみつぶしたように、ちっと舌打ちをする。
「……風を取り戻すだ? 一体どうやったら、そんなことができるって言うんだ?」
「守護聖獣が言ってたもんっ。みんなが風樹に祈って、感謝の気持ちを取り戻せば、風は戻るって!」
アムルの真っ直ぐな瞳がきらきらと輝いている。
一方、それを聞いたシャンガフの茶褐色の目は、暗い光を帯びていた。
「守護聖獣? そんなお伽噺を信じているのか」
げらげら、と盗賊たちが声を立てて笑う。
イサールは、何故だか自分のことのように腹が立った。
「お伽噺じゃないよ! イサールだって一緒に会ったんだから!」
びしっ、とアムルがイサールを指さす。
急に矛先を向けられたイサールは、仰け反って引きつった笑みを浮かべた。
シャンガフの獰猛な目が、ぎらりとイサールを見据える。
「そうかい……もしそれが本当だとしたら、俺たちにとっちゃ都合が悪い。俺たちは、風なんかない方が稼げるんでな」
しかしシャンガフは、口ではそうは言いつつも、明らかにアムルの言葉を信じていなさそうだ。そうだなと顎をさすり、面白い玩具でも見つけたような笑みを浮かべてアムルを見下ろした。
「それじゃあ、俺と賭けをしよう。お嬢ちゃんが勝ったら俺たちは身を引く。俺が勝ったら、あんたらにはこの街を出てってもらう」
「なっ、なによそれっ……!」
思わずイサールが口を挟む。
だが、シャンガフはアムルから視線を外さずに続ける。
「賭けならケンカじゃねぇだろ」
アムルの蜂蜜色の瞳が真っすぐシャンガフを見上げている。
「あたしが勝ったら、風樹のために祈ってくれる?」
「ああ、いくらでも祈ってやるさ」
シャンガフは、アムルの表情を見て、勝ち誇ったように口角をあげた。
§ § §
シャンガフが部下たちを引きつれて広場を去った後で、入れ替わるようにシンが姿を現した。
シンは、神殿を飛び出した後、イサールとアムルを探してウィンガムの街中を駆け巡った。ところが、街の隅から隅まで捜して回ったが二人は見つからない。
結局、街を一周し終えてしまい、仕方なく神殿へ戻り駆けた途中、ようやく広場で何か騒動が起きていることに気付いたのだ。
「一体、何があったんだ」
そう問いかけるシンに、イサールは渋い顔で肩をすくめてみせた。とりあえず、先ほどあったことを簡単に説明して聞かせる。
そこへ、傍にいた住人の男性が神妙な面持ちで近づいてきた。
「あんたら悪いことは言わねぇ。ここは黙って引き下がってくれねぇか」
「どういうことよ? あいつらは盗賊なのよ、あんた一体自分が何を言ってるかわかってるの?」
「あいつらは、確かに柄は悪いが、どこからか仕入れてきた小麦をおれたちに売ってくれているんだ。まぁ……ばか高い値がつくがね。それでも飢え死にするよりはマシさ」
だから頼むよ、とだけ言って、その男性は後にした。
それを聞いてイサールは合点がいった。
だからシャンガフは、『風なんかない方が稼げる』と言っていたのだ。
街の住民たちも、自分たちの生活がかかっているから大きな声で盗賊団に歯向かうことができない。
とはいえ、仕入れてきた小麦とやらは、おそらくどこからか盗んできたものだろう。そんな盗品を高値で買わされて、盗賊団たちが街中を我がもの顔で歩いているのをじっと黙って堪えるしかない住民たちの気持ちを想像し、イサールは腹の底から怒りを感じた。
「イサール、どうしてお前がそこにいて、止めなかったんだ」
「止めるどころじゃなかったわよ。この子が勝手に口約束しちゃったんだものっ」
シンに責められて、イサールがアムルを指す。
当の本人であるアムルは、飛んでいるマルメロを捕まえようとジャンプしていた。
その様子を見たシンが諦めたように嘆息する。
「……で、賭けというのは?」
「それは、また追って連絡するって」
「盗賊が約束なんか守るものか」
「私もそう思うわ。思うけど……」
でも、とイサールは、目を細めてアムルを見る。突拍子もないことを言いだしたり、勝手な行動をとったりと、何を考えているのかわからない。それでも一つだけ確かなことがある。
「あの子は、それを信じているのよ」
イサールの中に、今までとは違う何かが芽生えていた。アムルの怒った顔を見た時、この子が怒るのは自分のことではないのだ、ということがはっきりわかったのだ。
(あの子が笑っていられるよう、私にできることは……)
「どうするつもりだ」
「約束は、私が絶対に守らせてやるわ」
何が何でもね、とイサールは翡翠色の瞳に力強い光を灯して笑った。
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