第7話 ニール村と鉄鉱石
(ニール村)
ニール村。その名はニール山の麓にあることから名付けられた。そしてニール山は、鉄鉱石の採掘が盛んに行われる地であり、その豊かな鉱脈は多くの人々を魅了していた。時には採掘場の鉱夫たちが、疲れを癒しにこの村を訪れることもある。そのため、この規模の村にしては宿屋が2軒、飲み屋が2軒も立ち並び、この静かな村に賑わいをもたらしていたのだ。
「こんにちは!冒険者ギルドの依頼で参りました。これがギルドカードです。」
「良くきたな。よし、確認したよ。鉄鉱石運搬の件だろ?助かるぜ。2人だけか?」
「ええ。そうですけど?」
「いや、いいんだ。村長の家に行ってくれ。この道を真っ直ぐ行った先の高台の家だ。」
「ありがとうございます。」
門番の方に丁重なお礼を述べると、私は足取りを軽くして村長の住まいを目指した。
村長の邸宅は、小さな丘の上に孤立していた。その様子は、まるで村を見守る守護者のように荘厳であった。その近辺には、鉄鉱石が積み上げられた集積場があった。堆積する鉄鉱石は、鉄の命を生み出す神秘的な鉱物であることを思い起こさせるかのように、巨大な存在感を放っていた。
Con!Con!
村長の家に到着した。ドアをノックして、家主の到着を待つ。
「どちら様かの?」
白髪頭に顎髭を生やした、ごく普通の老人が現れた。
「冒険者ギルドからの依頼で参りました。ヒビキと申します。そして、こちらが従者のロロです。」
「おぉ。来てくれたか。助かる。えっと…2人だけかの?」
「ええ。2人だけですけど?」
「もうお1人は、女性の方だね。鉄鉱石じゃが、結構重いし、量も多いが大丈夫かの?」
「はい!力には自信がありますよ!任せて下さい。」
「そうか、そうか。ここには、鉱山から採掘された鉄鉱石が集まるのじゃが、ここから王都までの運び手がなかなかいなくてのぅ。最近は、若者も減ってしまって、ますます困っておったのじゃ。」
村長に案内され、鉄鉱石の集積場へと歩を進めた。場所は、村長の住まいの真裏に位置しており、その高台に存在する理由には不思議が残ったが、やがて集積場が採掘場から伸びる一本道の先にあることが分かり、謎が解けた。恐らく、鉱夫たちはここまで、採掘した鉄鉱石を運んでいるのだろう。
積み上げられた鉄鉱石は、綺麗に整列していたが、その量にはただ圧倒されるばかりだった。
「本当に多いですね。一体どれだけ運搬する予定ですか?」
「正直、全部持って行ってくれてもいいのじゃが、相手先の製鉄所の保管スペースが心許ないからのぅ。せいぜいこの山の半分くらいの量が無くなってくれたら嬉しいがのぅ。」「けど、弱々しいあんた達じゃあ、そんなに大量に運ぶのは無理じゃ。少しずつでいい。時間がある時に何回か取りに来てくれたら助かるのぅ。」
「村長さん。大丈夫ですよ。任せて下さい。」
俺は、手元のスマホ端末を操作して、ストレージアプリを起動する。小ブラックホールが表れたので、そのまま鉄鉱石を収納することにする。
Shun!
まるで鉄鉱石の山が一瞬にして虚空へと消え去るかのように、その重量感ある山々は、俺の視界から一瞬にして消え失せた。
「あ!しまった!全部やってしまった。半量だけ戻しますね!」
Shun!
スマートフォンを手に、ストレージアプリを操作し、鉄鉱石の半量だけを精確にストレージから取り出すことに決めた。このストレージアプリは、収納された物品の量を的確に把握することができ、必要に応じて指定した量を取り出すことが可能であった。半分の量を設定し、集積場に返却したのである。
「団長、すごーい!私の出番はありませんでしたね。」
「そうだった。ごめん、ごめん。」
「おい!いまのは一体…!何をしたんじゃあ!?」
「驚かせてしまって、すみません。ストレージじゃ無くって…そう!アイテムボックスです!アイテムボックスに鉄鉱石を半分だけ収納したんですよ。」
「アイテムボックスじゃと!?アイテムボックスは、容量制限があるからそんなには入らないぞ。」
(そうなんだ…。アイテムボックスは、ストレージと違って容量制限があったのか…。)
「私のアイテムボックスは、大量に入るタイプなんですよ!」
「いや、この目で見るのは初めてじゃが、凄いのぅ。ちょっと待っていてくれるか?製鉄所の所長宛に鉄鉱石の運搬証明書を書いておく。それを先方に渡してくれれば、先方から受領書を発行して貰えるじゃろう。」
「村長さん、ありがとうございます!」
「こちらこそ。凄い物を見せて貰った上に、だいぶ片付いたからのぅ。ありがとう。製鉄所の所長の驚く顔が目に浮かぶわぃ。ふぉふぉふぉ!また、是非依頼を受けてくれ。」
その後、村長は証明書を書き上げ、俺たちはそれを受け取った。量を測定していないのに、どうやって正確な量が把握できるのか疑問に感じたが、村長は「大体わかるよ」と語った。俺たちは村長に挨拶をして村を後にした。
行きと同じ道を使って帰路についたが、既に倒れた敵があちこちに転がっているだけで、魔物に出くわすことはなかった。こうして、私たちは王都に帰還した。
(王都バラン 製鉄所)
「こんにちは!ニール村より、鉄鉱石を持って来ました。村長さんからの運搬証明書は、こちらです。」
「おう!良く来てくれたな!ニール村から材料がなかなか来なくて困っていた所だ。なになに…。」「!!!」「何だこの数字は!?村長の奴、量を書き間違えやがったな!それで、物はどこにあるんだ?」
「えっと…アイテムボックスがあるんで…。」
「そうなのか、随分珍しい能力があるんだな。1回分だろう?それじゃあ、全然足りねぇが、何回か行って持って来てくれたら助かる。とりあえず、こっちに来てくれ。」
我々は、製鉄所の隣に位置する鉄鉱石の集積場へと誘導された。場所は十分に広々としていたが、ニール村の同種の場所に比べるとやはり狭かったように思われる。村長の「全量は厳しい」という言葉は、このことに関して言及していたのだろうか。今にして思えば、半分にしておいたことは的確な判断だったと感じた。
「じゃあ、ここに全て出しますね。」
「おう!やってしまってくれ!」
俺は手元のスマホ端末を起動し、ストレージアプリを呼び出した。その画面に鉄鉱石の全量移動を指示し、転送を開始した。
Shun!
集積場には、鉄鉱石の残量が僅かしかなかったが、わずかな時間のうちに、それらは山のように積み上がり、やがて崩れ落ちそうな状態になっていた。どうやら、この量は限界ギリギリだったようだ…。
「おい!おい!おい!おい!何つう非常識な光景だ!?」「普通のアイテムボックスじゃあ、そんなに入らねぇはずだぜ。せいぜいその20分の1くらいだ。アンタ只者じゃないな。村長のじーさんが書いてあった量は、正しかったと言う訳か…。アッハハ!」「あのじーさんもさぞ驚いただろうよ。いい物見せて貰ったぜ!」
所長さんは、すぐに受領書を書き上げた。
(ここでも詳細や量を計測しないのか…。やっぱり大体でいいんだなぁ。)
「ほらよ、これが受領書だ。ギルドに渡せば報酬が貰える筈だぜ!」
「ありがとうございます。」
「こちらこそだ!確かに腰抜かす程驚いたが、材料が足りなくなってたんだ。大助かりだぜ!次もまたアンタにお願いしたいな。そん時は、よろしく頼むぜ!」
「はい、ありがとうございます。」
――――
(王都バラン 冒険者ギルド)
「はぁ!?何よ、この数字は??そうか、ヒビキ君は、あれだもんね。でも、容量制限あるでしょ?大丈夫だった訳?」
「俺のは、厳密にはアイテムボックスじゃないんで、容量制限は無いんですよ。」
「何ですって!?容りょ…もが…。」
ルナさんが、大騒ぎし出したので、慌てて手で口を塞いだ…。
「ほばきくん…わかっは。わかっはかは…。」
ルナさんも落ち着いたので塞いだ手を離した。
「はぁ~。もう…。ヒビキ君のアイテムボックスは、いくらでも入っちゃうってことなの?」
「はい。いくらでも入ります。」
「はぁ。それでその数字か…。分かったわ。所長さんの受領印もあるし、これは、正式な書類よ。確かに受け取ったわ。報酬の計算をしてくるから、少し待っていてね。」
―― 数分後 ――
「ヒビキ君、こっちよ。」
俺は案内されて別室に通された。恐らくは、目立つ場所では話しにくい内容なのだろう。
「えっと、そちらの方は?」
「ロロと申します。団長…ヒビキ様の従者でございます。」
「へぇ。ヒビキ君いつの間に…。」
「彼女は、俺の能力で助っ人として呼び出している存在です。」
「それが、スマホマスターの能力?」
「はい。」
「まるで、SSRの召喚士のよう。やっぱり、スマホマスターは凄いジョブだったようね?」
「ええ。でも、しばらくは能力のことはなるべく秘密にして下さい。あまり騒がれたくないので…。」
「分かったわ。ギルド職員には、守秘義務があるのよ。安心して。」
「ありがとうございます。」
「では、報酬について話しましょうか。」
ルナさんは、体勢を整え、再び選りすぐりの職員の面構えを見せた。
「この依頼には、基本料金に加えて成果に応じた報酬が含まれます。基本料金は、単純に依頼を引き受けたことによる報酬であり、大銅貨2枚が相当します。そして、成果に応じた報酬は、運び出した鉄鉱石の量に応じて支払われます。重さ10キログラムあたり銅貨5枚の計算です。今回、あなた方が運んだ量は10トンでしたので、計算したところ、報酬は金貨5枚と大銅貨2枚となりました。」
「と、言うわけで…。もう、常識から外れ過ぎて言葉もないわよ。」
「何か…すみません。」
「謝ることなんてないわ!これはとても凄いことだから。そして、ギルドへの貢献ポイントだけど、今回の運搬は、10キログラムの運搬に対して1ポイントが付く計算なの。ヒビキ君は、10トンというとんでもない量を運んでしまったから、ポイントは1000ポイントついたわ。」
「1000ポイントも!?」
「前代未聞よ。FランクからEランクに上がるのは、確定よ。でも、Dランク以上からは、昇格試験に合格するか、ギルドマスターか、ギルド会長からの推薦が必要になるわ。ギルド貢献ポイントだけでは昇格できないわ。ごめんなさいね。」
「いえいえ!Eランクになれるだけでも有難いです。ルナさん、ありがとうございます!」
「時期を見て、Dランクの方は、案内するからね。Dランクからは、魔物討伐案件が増えるから、実力も試されるわ。しっかりレベル上げしておいてね!」
「戦いは苦手ですけど、頑張ってみます。」
ルナさんとの話が終了し、俺はギルドを後にした。依頼報酬として支払われた5枚の金貨は、大きな収穫だった。ランクもEランクに昇格し、新しいカードも手に入れた。しかしそれは、Dランクに昇格するための試練の一歩に過ぎず、ヒビキがDランクに到達できるかは未知数だった。
―――― to be continued ――――
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