駄目だ。

紫陽花の花びら

第1話

 知っているのはこの空だけ。

いつもいつも泣いてばかりいる俺を。そしてだまって見守っくれているんだよ。

 ああ、逢いたいくて堪らない。

この空を見上げていると、あいつの顔が、声が、俺の心を震わせる。この想いを知っているのもこの空だけ。


「もう嫌だ! お前といると俺が駄目になる」

「なんでだよ~そんな意地悪言わないで~」

俺の腕を掴む寛人を押したおすようにして部屋を出る。

今回だけ今回だけと言いながら、俺を裏切って、ヘラヘラと……

泣いてる姿をお前に見られたくなくて笑っいるんだよ。でも……もう……無理。

 

 寛人は中二の途中から転校してきた。都会から来た寛人はすぐにクラスの人気者になった。頭も良い、顔も良い、運動もバッチリとくれば、女子たちはほっとかない。そんな寛人をただ見ているだけで俺は幸せだった。


「矢田貝けん君。友達になろう!」

不意に肩を叩かれ振り返ると、そこには寛人が立っていて。心臓が跳ね上がった。

「……お、俺と? えっと……よろ……です」

「何緊張してんの?……よろしくね」

差し出された手に戸惑っていると

「握手だよ! 握手!」

おずおずとさしだす俺の手を掴むと、寛人はぐっと引き寄せて耳元で囁いた。

「けんって……可愛いなぁ。今日から一緒に帰ろうよ」

なんだ? 可愛いって? 俺のことか? 一緒に帰ろうって。可愛いから帰るって聞いたことないわ。

「良いよねっ、ねっ! ねっ!」

その勢いに思わず頷いしまった俺。

 それからは殆ど一緒に過ごす毎日が、楽しくて夢のように過ぎていった。

 忘れないさ。あのクリスマスの前の前の日。寛人の家族が、親戚の家に泊まりに行って留守になるので、遊びに来るように誘われた。


その時……俺達はお互いの想いを確認し合った。


「俺はけんちゃんが、恋愛的に好きだ。けんちゃんもそうでしょう?」 

真っ赤になったおれをギュッと抱き締めて……どうして良いか判らないけど……俺たちは抱き締め合い、触れ合いながら眠りについた。

 高校も大学も一緒。もう離れられないんだよ俺は! なのに寛人は……あいつは次々と……もう別れる。


寛人からラインが来た。


けん……ごめんね。帰ってきて

けん……お願いだから……お願い

けん……無視するなよ! 馬鹿!

馬鹿はどっちだよ!馬鹿。


着信音が寛人だ。


煩いほとならすのやめろや!


「煩い!」

「出てくれた! けん……大好きだよ」

「噓つけ……おれは大嫌いだ」

「うんうんそうだね。嫌いなんだよね。知ってる……でもおれは……」

「何が知ってるんだよ! 馬鹿!

寛人のばか! 俺は……俺は……」

ふわっと後から抱き締められた。

そんなの卑怯だろう……

そんなの狡いだろ……

そんなのそんなの……

「けん……ごめんなさい。もうしないから。ねっ、帰ってきて」

「信じない。なんで? なんで泣かすんだよ」

「けんが、いつも平気で笑っているのが嫌だから。ギリギリまで我慢強しているのが悲しいから」

それって理由なの? まるで俺が悪いみたいじゃないか! 意味分かんない。


「おかしいだろ! 嫉妬なんて今更みっともないって思うから。大丈夫って、信じているからって、言い聞かせて頑張っているのに」

「頑張って欲しくない。嫉妬して欲しいよ。怒って欲しいよ」

こいつって、本当勝手なんだよ。

知ってるけどね! もう嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

こんな陳腐な泣き落としで、呆気なく崩れ去る俺の怒り! しっかりしろって俺!。


抱き締められ唇を貪られると……

抗えないなんて。本当笑えるわ。


「今度やったら!」

「今度やったら?」

「……別れる……」

「わかった。もうやらない……」


畜生……畜生……悔しい……噓に決まってる。


でも好きなんだ。 大好きなんだ。

俺は寛人から抜け出したいのか。


……溺れたいんだズブズブと。

そう永遠に。




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