ジャムよりクッキーを散らせ

坊主方央

第1話〜雨の中はやめてください

 勿忘草桜子わすれなくさサクラコは雨音に惚れていた。


 桜子はクッキーだ。クッキーは意志を持ち、艶やかな色味をまとい、人間に支配される。


 クッキーの特色の一つとして水に濡れると体が崩れてしまう。そして、頭に水をかけられてしまえば溶けて死んでしまうのだ。


 そんな自分の命を消す液体から出て行く音に、彼女は惚れている。理由はその音が不思議と落ち着くからだ。


 ただそれだけの理由だった。


 音楽はよく分からない。元から娯楽に関心がある訳でもない。

 そもそも人間が作った意思のあるクッキー、桜子の存在が娯楽そのものなのだ。娯楽が娯楽を追求して、何になるのだろうか。


「桜子くぅん、豪雨になってしまったなぁ。嗚呼、私、もう疲れたよぉう」


 濁音。エモーショナルな気持ちに浸っていたら、隣の探偵がグズグズと文句を言っている。


 段々と雨が激しくなってきた。山の道に生えている飴の花から落ちる雫が多くなってきた。地面のクリームも油分と水分が分離して、土と混ざって汚くなっている。


「糖分と油分で体が溶けそうだ…桜子君、頭は溶けていないかね?」

「大丈夫です。それよりも信濃しなのさんの方が濡れています」


 私は傘とカッパを着ているので本体は濡れていない。


 信濃人生しなのニンショウは二人分の荷物を持っているので、傘も持てない。本来ならばクッキーが持つのだが、彼は変人なので自分で持っている。


「君は私の大事な助手だからね。この事業で助手は最も重要な所さ」

「探偵事業は探偵さえ居れば成り立ちます。助手はその場の誰かでよろしいかと」

「もー相変わらず冷たいなぁ君」


 彼は私の後ろで歩いている。桜子はそれを無視して目的地へと向かっていく。


「私の可愛い桜子君、その可愛いお顔をこっちに向けておくれよ」

「雨の中でやめてください、面倒です」


 また彼は私に絡む。すると豪雨の中ででも、大きな館が見えてきた。窓からは明るい光が漏れており、辺りが暗くとも、ちゃんと見えている。


 そして館の扉を開けた。

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