第351話 君との時間が愛おしい
「そんな、リューグとカマエルが死んだ?」
カマエルとリューグの死は、ボクたちに大きな衝撃を与えた。
クシャナは青い顔をしながら口元を押さえ、フローラはそのショックからふらついてローランに支えられ、サリュエルは恐怖で体を震わせながらボクの服を掴む。
「死体はこちらで処分したゆえ、貴様らが気にすることは何もない。これからも訓練に励むように。また、今後は森での訓練に限り殺しを許可する。本格的に後継者選びを始めるとしよう」
ボクたちが動揺する中、アルバーニー伯爵は淡々とそれだけを告げると、部下たちを連れてボクたちが集められていた部屋を出ていく。
「カマエルとリューグが死んだなんて……」
「ごめん。みんなぁ。ボクが、ボクが怪我なんてしたからぁ」
「そんなこと関係ない!ラヴィは何も悪くないよ!そもそも、最近のカマエルの様子がおかしいのはあたしたちも気づいてた。でも、あたしたちが見て見ぬ振りをした結果がこうなっただけだよ。むしろ、ラヴィはただの被害者じゃない」
クシャナはボクのことを庇ってそう言ってくれるけど、ボクがあの時負傷していなければ、リューグと一緒に逃げて二人とも助かることができたかもしれないし、そうすれば後からカマエルを助けることができたかもしれない。
全てはたらればの話でしかないけど、そんなたらればの可能性が生まれてしまった時点で、ボクにまったく非が無いなんて言えないと思う。
「とにかく、これからのことはまた今度話しましょう。カマエルたちのこともそうだけど、これからは私たち自身も人を殺さないと殺されるみたいだから、少し考える時間が欲しいの」
「俺が姉さんを連れていく。お前らも自分の部屋に戻って休め」
そうして、その日の話し合いは終わると、ボクたちを含めた全員が自分たちの部屋へと戻り、ひとまず話し合いは終わった。
それから四ヶ月後。
次に死んだのはフローラとローランの二人で、死因は耐性のついていない猛毒による自殺だった。
「これが、二人の机の上にあったわ」
そんな二人の死体を最初に見つけたのはクシャナで、彼女はフローラの机の上にあった遺書のような紙をボクたちに見せてくる。
その内容はとても簡素なもので、ただ生きることに疲れた。先に楽になる自分たちをどうか許して欲しいとだけ書かれてあった。
「二人ならきっと、死んだ後も一緒にいられるよね」
「そうだねぇ」
ボクとクシャナは、仲が良かった二人らしく手を繋ぎ、久しぶりに見せる温かい笑顔で死んでいる二人を眺めながら、ただそう呟くことしかできなかった。
その次に死んだのはサリュエルで、死因はボクの手による斬殺だった。
「どうしてサリューを殺したの!!!」
「ごめん。ごめんねぇ」
ボクはクシャナが涙を流しながらボクのことを責める姿を目にしながら、ただそう謝ることしかできない。
サリュエルが死んだのは、ただの事故だった。
いや、正確に言えば、サリュエルが殺されるためにボクの背後から近づき、人の気配を感じて振ったボクの短剣が、そのままサリュエルの首の動脈を切ってしまった。
サリュエルは出会った頃から気が弱い子で、ここに連れてこられてからもクシャナやカマエルたちに守られながらなんとか生き残ってきた子だった。
そして、アルバーニー伯爵から殺しが許されてからも、クシャナが一人で彼のことを守り続けていたのだが、他の子供たちから襲撃された時、クシャナが目を離した隙に彼女のもとを離れ、別のところにいたボクのことを後ろから攻撃しようとした。
もちろんそれはただの見せ掛けで、彼が手に持っていたのはただの木の棒だったけど、殺し合いが始まってから人の気配に敏感だったボクは迷わず短剣を振ってしまった。
その時のサリュエルは、涙を流しながら「ごめんなさい」とだけ口を動かし、笑顔で死んでいった。
多分彼は、家族が次々と死んで行く状況の中で、自分だけがクシャナに守られていることに耐えられなくなったんだと思う。
でも、気が弱い彼はフローラやローランのように自殺する勇気が持てず、だからと言って他の誰かに殺されるのも怖くて、結果的にボクに殺されることを選んだんじゃないかな。
その後もクシャナはボクのことを責め続けると、最後に泣きながら自分の部屋へと戻ってしまい、それ以降はお互い気まずくなり話すことが無くなった。
そして、最後に死んだのはクシャナで、彼女はサリュエルが死んだ一ヶ月後に自分の部屋で首を吊って死んでしまった。
自殺したクシャナを最初に発見したのはボクで、話があるから部屋に来て欲しいと呼ばれて行ってみれば、そこには首を吊って死んでいる彼女の死体と、ボクを非難する言葉が綴られた手紙が書き残されていた。
「あははぁ。ボク、一人になっちゃっなぁ」
最初は七人いたボクの家族は、気がつけばボク一人しか残っていなくて、いつもみんなで集まっていたカマエルの部屋にも、今はボク一人しかいない。
今思えばきっと、ボクたちの関係が壊れてしまったのはカマエルが死んでしまったあの時で、ボクたちの心の最後の支えであった彼が死んだことで、みんな心の大事な何かを失ってしまったんだと思う。
それからのボクは、まるで心にぽっかりと穴が空いたかのようにただただ生きた人形のようになってしまい、襲ってくる相手を殺すことにも何も感じなくなった。
「はぁ。ボクも死のうかなぁ」
もしかしたら、死んだらみんなに会えるかもしれないと思っていたある日、ボクはアルバーニー伯爵に呼ばれて施設の地下へと連れて行かれる。
そしてそこには、研究者のような服を着た人たちが数名に、他にも実験器具のようなものが至る所にあり、そして部屋の奥には首や両手と両足を固定された状態で磔にされている人の死体があった。
「ここはぁ……」
「ここは、アルバーニー伯爵家の当主と限られた者たちだけが立ち入ることのできる実験室だ」
「あの人はだれぇ」
「あれは初代アルバーニー伯爵であり、純潔の影霊族の死体だ。とは言っても、死んでいるのは魂だけで肉体は生きており、見ての通り血も体の中を巡っているがな」
アルバーニー伯爵の言う通り、初代アルバーニー伯爵と呼ばれた人は死んでいるのか頭は垂れ下がり体はピクリとも動かないが、彼の腕に刺さっている管からはどこかへと赤い血が流れている。
「初代アルバーニー伯爵は死んだはずじゃ」
「そうだ。しかし、貴様らに教えた歴史と真実は少し異なる。まず、アルバーニー伯爵は普通の人間ではなく、影霊族と呼ばれる魔族だった」
「影霊族ぅ?」
「影霊族とは、影を操ることができる精霊に近い存在であり、寿命という概念もほとんどない存在だ。その辺の歴史についてはお前が後継者として生き残れば教えることになるが、今は気にする必要はない。今重要なのは、これから貴様は初代アルバーニー伯爵の血液をその体内へと取り込み、そして私が持つ影霊族の魔力に適応しなければならない。それができなければ、貴様は死ぬことになるだろう」
「死ぬ……」
それも悪くないかなと思ったボクは、アルバーニー伯爵の説明を聞いた後、特に躊躇う事なく初代アルバーニー伯爵の血液を体内に取り込み、さらにはアルバーニー伯爵の魔力も受け入れる。
しかし、どうやら元々ボクの魔力が少なかったせいかボクの魔力はアルバーニー伯爵の魔力を抵抗する事なく受け入れると、そのまま侵食され、元々持っていたボクの魔力は影霊族の魔力へと変わってしまった。
「はは。素晴らしい。ここまで完璧に適合する者がいるとはな。純潔の血液に影霊族の魔力を完璧に取り込んだ貴様は、誰よりも純潔に近い人間へとなった」
どうやらボクは、死にたいと思っていた気持ちとは裏腹に影霊族の血液と魔力に適合してしまったらしく、体の奥から今まで感じたことのない力が湧き出てくるのを感じる。
「あぁ。そうだ。貴様に一つ言い忘れたが、この力は実は呪われていてな。四代目の当主が力を求めて初代アルバーニー伯爵を殺し、この場所を作ったのだが、身の丈に合わぬ力を求めたことで呪われることとなったのだ。しかし、圧倒的な力の前にはそんな物は些細な問題でしかなく、その後も当主とその後継者は代々この施設を利用して影霊族としての能力を受け継いできたのだ」
「呪いってなにぃ?」
「簡単なことだ。その者が心の底で願っていることと反対の呪いがかけられるというものだ」
「どういうことぉ?」
「ふむ。お前の分かりやすい例で言えば、カマエルだったか?あいつの場合、貴様ら家族を大切に思い、全員で生き残ることを願っていた。そんな状態で影霊族の血液と魔力を体内に取り込み呪われたあいつは、家族を殺して全員で死ぬことを願うようになった。その結果が、お前が目にしたあれだ」
「まさか、カマエルがボクを殺そうとしてリューグを殺したのはぁ……」
「この呪いのせいということだな」
思えば、カマエルの様子がおかしくなったのは今のボクのようにアルバーニー伯爵にどこかへと連れて行かれた後だった。
きっとカマエルは、あの時からボクたちのことを殺したい欲求に一人で耐え続けていたのかもしれない。
「じゃあ、ボクの呪いはぁ?」
「それは知らぬ。その時になってみないと貴様がどういう呪いを受けたのかは分からぬからな。だが、貴様は実に素晴らしい存在だ。今後も定期的に血液と魔力を貴様の体の中に入れるとしよう」
それからもボクは、定期的に呼び出されては血液と魔力を体へと流し込まれるが、ボクの体は拒否反応を起こすどころかその全てを受け入れ、さらに強力な力を手にしていく。
そして、そんな状況の中で分かったのはボクに掛けられた呪いで、どうやらボクは家族を失って死にたいと思っていたからか、その反対に生きるという呪いが掛けられたようで、どんな状況でも何をしても死ね無くなってしまった。
何度も首を吊ろうとしても、何度自分の喉を短剣で切り裂き心臓を突き刺そうとしても、誰かに殺されようと無抵抗に振る舞ってもその全てが無意味で、勝手に生きようと動く体がその全てを拒み反撃して相手を殺してしまう。
死にたくても死なず、生きたくないのに生きてしまうことに疲れてしまったボクは、次第に考えることをやめ、死ぬことも生きることも諦めて流れに身を任せるようになった。
そうしてボクは、気がつけば他の後継者候補の子供たち全員を殺し、さらには歴代の当主が誰も成し得なかったほどの血液と魔力を体に取り込んだことで、いつからかアルバーニー伯爵家の後継者となり、アルバーニー伯爵家の最高傑作と呼ばれるようになっていた。
その後も、与えられた任務に従って国内外に関わらず言われた通りに人を殺していた時、ふと思ってしまった。
「そうだぁ。アルバーニー伯爵を殺そおぅ。そして、アルバーニー伯爵家の人もみんな殺してぇ、誰かにボクのことも殺してもらおぅ」
今みたいに無意味に生きて誰かに殺されるか寿命で死ぬまで生きるくらいなら、ボクの家族が死ぬ理由を作ったアルバーニー伯爵とその関係者を全員殺し、さらにはボクを殺してくれる誰かを見つけて殺してもらう。
そうすれば、少しはぽっかりと空いてしまったボクの心が満たされるかもしれないし、何よりボクが死ねるのなら、それが最高の展開なんじゃないだろうか。
「あはは。そうしよう。なら、まずはアルバーニー伯爵家を潰すための準備をしないとねぇ。それと、ボクを殺してくれる人も見つけないとぉ」
今まで無かった目的が見つかったことでボクの心臓は思い出したかのように鼓動を早め、全身を血液が巡っていくのを感じる。
それからのボクは、アルバーニー伯爵にバレないよう自分だけの組織を作り、ボクを殺してくれそうな強い人の情報を集め続けた。
しかし、アルバーニー伯爵を殺す準備はできても今のボクを殺さそうな人はそう簡単に見つからず、どうしたものかなと思いながらアルバーニー伯爵に言われた通りにシュゼット帝国学園にカマエルの姿で入学すると、そこで運命の出会いをすることができた。
「よう。少し話をしないか?」
学園なんて面倒だなぁと思いながら眠っていると、そう言って話しかけてきたのはルイス・ヴァレンタインで、彼はまるで友人にでも話しかけるかのような気軽さでボクにそう話しかけてくる。
最初はそんな彼のことも面倒だなぁと思っていたし、ボクの知っているルイス・ヴァレンタインの評判はあまり良く無かったため、正直あまり関わりたくは無かったんだけど、何故か彼はボクの目的も願いも知っていて、そんな彼のことを考えているうちに気が付けばルイス・ヴァレンタインに対して興味を持つようになっていた。
それに、決定的だったのは序列戦の時に見せたライド・ホルスティンとの戦いで、彼を圧倒したルイス・ヴァレンタインの底知れない実力を目にしたボクは、殺されるなら彼がいいと心の底から思った。
それからのボクは、なるべくボクの願いを叶えてもらうために彼に協力したけど、変な名前をつけられたり、彼のことを好きな女の子たちを押し付けられたりと本当に大変な日々だった。
まぁそれでも、彼のお母さんに転性の指輪の話をして彼が少しだけ悔しそうにしながらボクのことを睨んだ時は、とってもスッキリしたし楽しかったけどね。
そんな少し大変で楽しかった日々が終わった後は、またアルバーニー伯爵の指示でサルマージュが起こそうとしていた戦争に加担していた他国の王族や貴族を殺したりする退屈な日々に戻ってしまったけど、それが終われば予定していた復讐を実行に移すつもりだったから、面倒でも頑張ることができた。
そして……
「ふっ。まさか、育てた野良犬に噛み殺されることになるとはな」
「違うよぉ。別にボクたちは、あなたに育てて欲しいと願ったつもりはないよぉ」
「そうか。そう言えばそうだった気がするな」
「そうだよぉ。まぁ、特にあなたを殺して何かが変わるわけじゃないけど、ここで死んでねぇ。あとは全部、ボクが終わらせるからさぁ」
「好きにするが良い」
「うん。そうするねぇ。ばいば〜い」
ボクは最後にそう言って手に持っていた大鎌を横に振り抜くと、アルバーニー伯爵の首を切り落とす。
彼は最後までボクの方を見ることはなかったけど、窓に映って見えた彼の顔は少しだけ満足そうに見えた。
多分だけど、彼も心のどこかでボクと同じように死ぬことを望んでいたんだと思う。
だって、そうじゃなけば無抵抗でボクに殺されるなんてあり得ないからね。
その後は、アルバーニー伯爵家が管理している例の施設を潰したり、その地下にいる研究者や研究資料、さらには初代アルバーニー伯爵の死体を処理したりと忙しかったけど、それも全部終わらせるためだと思えば頑張れた。
何より、アルバーニー伯爵家に関わる全てを一つ一つ消していくことで、死んで行ったみんなをようやく弔うことができたような気もした。
そうして全部を終わらせた後、ボクは最後に自分の生涯を終わらせるため、ボクを殺してくれると約束してくれたルイスくんのもとを訪ねた。
彼はボクが想像していた以上に強くて、そしてボクたちは他なんて考えられないくらいによく似ていた。
ボクたちは互いに命を賭けた戦いを楽しみ、そしてその果てには相手ではなく自分たちの死を望んでいる。
彼がどうしてそんなことを考えているのかは分からないけど、今はそんなことはどうでも良くて、ボクのことを分かってくれる人と殺し合い、そして少しずつ、確実に死へと近づいているこの時間が愛おしかった。
何より、ルイスくんがボクだけを見て、彼がボクの最後を見届けてくれるんだと思うと、それだけで幸せだった。
「はぁ、はぁ……これで、終わりだな」
そう言ってボクを見下ろすルイスくんは、いつも見せている余裕なんて全くなくて、彼の月のように綺麗な金色の瞳は、ボクのせいで左側だけが血に濡れて閉じられていた。
「そろそろお願い。ボクを殺して」
「わかった」
彼はボクの最後のお願いにそう答えると、右手に握った剣を頭上へと振り上げ、ボクはそんな彼を見上げながら思う。
本当にこれで終わるだなぁ。みんなに会えるといいなぁ。でも、最後に少しだけ心残りがあるとすれば……
「あぁ。本当はボクも……」
君の進む道を一緒に歩んでみたかったなぁ。
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