第147話 (・・・)序列一位

 俺がアイリスを医務室へと届けて訓練場に戻ると、先ほどの戦闘で壊れた舞台は綺麗に戻っており、その中央には剣を携えたライドと、少し不機嫌そうなフィエラが立っていた。


「今どういう状況だ?」


「あら、お帰りなさい。今は小休憩を挟んで、いよいよ決勝が始まるといったところよ」


「ふーん。で、フィエラは何であんな不機嫌なんだ?」


「まぁ、見てればわかるわ」


 シュヴィーナはそう言うと、少しだけ悔しそうに拳を握り、隣にいたソニアも唇を噛みながら何かを耐えているようだった。


(いったい何があったんだか)


 俺はそう思って舞台に意識を向けると、ライドが俺のことを力で劣ると馬鹿にしたり、逆にフィエラがライドを煽ったりしていた。


 そして、しばらくの間2人で言い争いをした後、疲れた様子のライムが開始の合図をし、2人の最終戦が始まるのであった。





 時は少し遡り、ルイスがアイリスを連れて訓練場を出た後、少しの休憩を挟み、フィエラとライドは舞台の中央で見合っていた。


「先ほどの戦闘、見事だった」


「ありがとう」


 話しかけたのは意外にもライドの方からで、彼はフィエラとアイリスの戦闘を素直に褒めた。


「ペステローズ嬢の魔法も見事だったが、お前の技も実に素晴らしかった。名前はなんと言ったか」


「フィエラ」


「フィエラか。ふむ。だが、余計に理解ができないな」


「なにが?」


「あれのことだ。前に戦っていたエルフの女もそうだが、何故お前たちはあんな男のもとにいる?」


「あんな男…」


「お前と一緒にいたあの男だ。公爵家の後継ぎであるにも関わらず、怠け者で傲慢で我が儘な貴族の恥。何故あんなのと一緒にいるのか本当に理解ができない」


 ライドはそう言ってわざとらしく首を横に振ると、大きく息を吐いて腕を組む。


「何があってあの男といるのかは知らないが、俺からの助言だ。お前たちはあの男から早く離れたほうがいい。でないと、その素晴らしい才能が腐ってしまう」


「終わった?」


「…なに?」


「くだらない話は終わったって聞いたの」


「くだらないだと?俺はお前たちの事を思って言ってるんだ。環境は人を変えると言う。お前があの男とこれからも一緒にいれば、今後の成長は望めないだろう」


「ふっ」


「なんだ」


「あなたは何もわかっていない。私たちがここまで成長できたのはエルのおかげ。エルがいなければ、私たちはここまで強くなれなかった」


「何をふざけた事を言っている。あれにそんな力があるわけがない。俺が見た限り、あの男はお前たちよりも明らかに力が劣っているだろう」


「それがわからないなら、あなたの実力はその程度。あなたはアイリスの足元にも及ばないほど弱い。そのことを教えてあげる」


「ふい〜、ようやく最終整備が終わったよ。君たち舞台を壊しすぎなんだよね〜。って、なんか2人とも張り切ってるね」


 フィエラとライドが互いに睨み合っていると、舞台の修理を終えたライムが舞台の上へと上がる。


「はぁ〜、また舞台が壊れそうな予感。あぁ、もういいよ。どうせ私が直すんだし、好きにしちゃって!さぁ!最終戦を始めるけど、何か質問はあるかい?」


「先生」


「何かな、フィエラちゃん?」


「この対決だけ、先生の判断じゃなくて降参したほうが負け。降参するまでは続行にすることは可能?」


「うーん。可能ではあるけど、相手も同意した時だけね。私は先生だから、生徒を守らないといけないし」


「だって。あなたは?」


「ふん。そんなことをしたら、後悔するぞ」


「後悔?笑わせる。あなた程度に私が負けるわけがない。それとも、自信がないの?」


「チッ。ムカつくやつだ。いいだろう、俺もその条件に乗ってやる」


「ほんと、今年は問題児が多いなぁ。それじゃあ、ほどほどに頼むよ。始め!」


 ライムの開始の合図と共に、ライドは灼熱のように剣先まで真紅に輝く剣を抜くと、それをゆっくりと構える。


「魔剣」


「そうだ。我が家にある四本の魔剣の一つ、赫焔剣クリュシュ。その炎は全てを焼き尽くすといわれる伝説の魔剣だ」


 ホルスティン公爵家が剣聖と呼ばれる所以は、その卓越した剣技もさることながら、代々受け継がれてきた四本の強力な魔剣にもある。


 その一本である赫焔剣クリュシュは、一振りで空すら焼き焦がすと言われる高火力を持つ魔剣であり、ルイスが持っている炎剣イグニードよりもより強力な武器ある。


「どうだ?後悔したか?」


「別に。その程度の炎、なんてことない」


 ライドが剣を空振りするだけで赤い軌跡が空中に描かれ、触らずとも近づくだけで消し炭になりそうなその剣を見たフィエラは、しかし全く臆した様子を感じさせることはなかった。


「チッ。本当に気に食わない。それとも、腕輪がダメージを代わりに受けてくれるからと強がっているのか?」


「ぐだぐだうるさい。早くかかってきて」


 思っていた反応と違う態度を見せられたライドは苛立った様子を見せるが、そんな彼をさらに煽るようにフィエラはそう言い放った。


「はぁ。お前はもう少し頭の良い人間だと思っていたが、どうやらお前もあの男と同じで傲慢なようだな。いいだろう。俺がお前に勝利し、その腐った性根を叩き直してやる」


 ライドは自身に身体強化をかけると、剣を上段に構え、火炎を纏わせながらフィエラとの距離を詰めて振り下ろす。


 それは観客席にいる他の生徒たちですら、見ているだけで焼かれると錯覚させるほどの熱を放つが、フィエラには迫り来る剣を避ける様子はなく、右手を金色のオーラで覆うとその手を剣に向けて伸ばす。


「なに…」


「この程度?」


 全てを焼き尽くすと言われたその剣を、しかしフィエラはものともせず闘気を纏った右手で掴むと、期待外れだと言わんばかりに残念そうな顔をする。


「くそ。生意気な。これならどうだ!」


 一度距離を取ったライドは、すぐに剣を構え直して切り掛かる。


 その剣技は確かに素晴らしいものがあり、実戦経験もあるのかフェイントや視線誘導といった細かな技術も学園内では上位に入るほどに上手かった。


 しかし、それはあくまでも学園内での話だ。ルイスという死にたがりについていき、数々の死闘を経験し、さらにはルイス自身にも鍛えられてきたフィエラには、学生程度の攻撃など通用するはずもなかった。


 結果、ライドの剣技は全て躱され、いなされ、そしてまた受け止められる。


「なぜだ。なぜ俺の剣技が…赫焔剣クリュシュの炎が通じない…」


「あなたの剣技は確かに学園内では強いほうだと思う。けど、所詮は学園内だけ。それに、あなたはその魔剣の力を半分も引き出せていない。そんなので私に勝つなんて無理」


 フィエラの言う通り、ライドは赫焔剣クリュシュの本来の実力を半分も出せておらず、それは彼の魔力制御が未熟なのが原因だった。


 魔剣とは、ただ魔力を込めれば全ての能力が使えるというわけではなく、魔剣にもそれぞれに魔力の波長というものが存在する。


 その波長は魔剣の希少度が上がるにつれ複雑になっていき、赫焔剣クリュシュともなればその難易度は魔剣の中でもトップクラスと言えるだろう。


「くそ。だが、俺はこんなところで負けるわけにはいかないのだ。俺は、この学園で一番になるために…」


「もういい。つまらない。飽きたから終わらせる」


 ライドが悔しそうに語る中、フィエラはそう言って彼との距離を詰めると、ライドが視認できない速さで顎を殴り、意識が薄れかけたところに側頭部へと回し蹴りを決める。


「かはっ!」


 あまりの攻撃の重さに意識を無くしかけたライドだったが、地面に叩きつけられたことで頭を強く打ち、その衝撃から意識を失うことはなかった。


「先生」


「何かな、フィエラちゃん」


「降参する」


「ほえ?降参?」


「ん。降参する。私の負け」


「え、いいの?実力的に見れば、君が一番だと思うんだけど」


「序列に興味なんてない。私はただ、エルを馬鹿にしたこの人に現実を教えたかっただけ」


「…はぁ。わかったよ。この学園は自由だって言ったのは私だし、認めてあげる。フィエラちゃんの降参により、勝者ライドくん!」


 ライムはそう言って勝者を告げるが、誰一人として歓声を上げる者はおらず、どう反応したら良いのか困惑するだけだった。


「ま…て…」


 そんな中、ライドは屈辱に塗れた表情でフィエラに手を伸ばすが、彼女はそんなライドを見てニヤリと笑う。


「ふふ。よかったね。自己紹介のときに言ってた通り、これであなたがこの学年の一番」


 それはライドが自己紹介の時に言った、クラスで一位になるという発言に対するフィエラからの最大限の皮肉であった。


「くそ…くそくそくそっ!!」


 圧倒的な実力差で負けたにも関わらず、一位を譲られるという屈辱を受けたライドは、悔しさから何度も地面を叩き続ける。


 プライドが高く、そして手を抜くことを何よりも嫌う彼は、これまで一度も感じたことのない怒りと悔しさを胸に抱くのであった。






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