第78話 魔力封印

 魔導国ファルメルに来た翌日。俺たちは早朝から宿を出て魔法学園へと向かっていた。


 宿の人の話では受付は朝からかなり混むらしく、早めに行ったほうが良いとのことだった。


 そして、しばらく歩いて辿り着いた魔法学園の門の前にはすでに多くの人が並んでおり、子供とその親らしき人たちがやる気に満ちた表情をしている。


 中には魔導書を見ながらぶつぶつと呟いている子供もおり、どうやら魔法の詠唱文を覚えようとしているようだった。


 そんな中に俺たちも入って並ぶわけだが、周りにいる人たちは獣人であるフィエラを見てヒソヒソと話し出す。


「みろよ。獣人が魔法学園の前にいるぜ」


「本当だな。属性魔法も使えないゴミが何をしに来たんだか」


(…低レベルすぎるな)


 俺はそんな奴らを横目に見ながら、魔法を絶対の力だと勘違いしている馬鹿どもに呆れてしまう。


 そして、この無能な連中を入学させ教えているこの魔法学園の教師も、それだけで程度が知れるというものである。


「大丈夫?フィエラ」


「ん。全然大丈夫」


 シュヴィーナがフィエラを気遣って声をかけると、フィエラは本当に気にしていないのかいつも通り答える。


「あなたたちやめなさい!獣人だからって差別するのはよく無いわ!」


 すると、何処からかフィエラを庇うような声が響き渡り、人の間を抜けて1人の女の子が出てくる。


(あいつは…)


 そして現れたのは、ウェーブがかかっており毛先にいくにつれて赤くなっていく紫色の髪と赤い瞳、そして紫色のローブといういかにも魔法使いといった格好をした少女だった。


「魔法使いが格闘戦や近接戦が苦手なように、獣人族にだって苦手なことはあるの!それは初代賢者である私のご先祖様も言っていたことだわ!」


 少女は辺りを見渡しながらそんな事を言うが、返ってくるのは賛同する声でも拍手でもなく嘲と嘲笑だった。


「まーた落ちこぼれが馬鹿なこと言ってるぜ?魔法を使えない獣人族がゴミだってのは昔から決まってることなのにな」


「あはは!辞めてやれよ!あれでも魔力はかなり多いらしいし、魔法が使えれば一流らしいじゃん?」


「お前馬鹿かよ。その魔法が使えないから落ちこぼれなんだろ?忘れたのかよ」


「おっといけない!そうだったそうだった!」


 人を馬鹿にしたその言葉を聞いた周りは、止めるどころか同調して笑い始め、あたりは一気にフィエラに対する侮蔑から少女に対する辱めへと変わった。


 少女は僅か肩を振るわせると、何かを堪えるようにして俯く。


「ふむ…」


 俺はそんな少女をいつものように無視するのではなく自身から歩み寄ると、しゃがんでしまった彼女へと手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「…え?」


 彼女は予想していなかった出来事に驚いているのか、目尻を涙で潤ませながら動こうとしない。


「早く手を取ってくれないか。いつまでこうしていたらいいんだ?」


「ご、ごめんなさい」


 しばらくしてようやく手を取ってくれた彼女は、先ほどの威勢が嘘のようにおどおどしていた。


「おいおい。獣人の仲間が落ちこぼれを助けたぞ」


「類は友を呼ぶってやつじゃ無いのか?落ちこぼれ同士で引かれあったんだろうよ!」


 男たちがまた馬鹿にしたようにそう言うと、周りにいる奴らも声に大にして笑い始める。


「…うるせぇな。少し黙れ」


 周りの雰囲気に少しイラついた俺は、持っている魔力を少しだけ解放してやる。


「ひっ!?!」


「な、なんだ…この魔力…」


 俺の放った濃密な魔力により、近くにいるやつほど過呼吸になったり泡を吐いたりして倒れ、遠くにいたやつでも体を振るわせながら座り込む。


「ふーん。やっぱり耐えたか」


 しかし、一番近くにいた彼女は表情を少し歪めただけで特に変化はなく、周りの状況の方に驚いているくらいだった。


「行くぞ」


「い、行くってどこへ?」


「そりゃあ試験だろ。お前も受けにきたんだろ?」


「あ。そ、そうだった」


「フィエラ、シュヴィーナ。お前らもいくぞ」


「ん」


「わかったわ」


 俺は3人を連れて列に改めて並ぼうとするが、俺の魔力に当てられて恐怖した奴らが順番を譲ってくれて、俺らはすんなりと受付を済ませることができた。





 受付を済ませたあと、教師の人に案内されて控え室に入り、俺たちは空いていた椅子に座る。


「あの、さっきは助けてくれてありがとう」


「ん?あぁ、気にすんな。お前に少し興味があっただけだから」


「き、きききききょうみ?!」


「エル。それだと口説いてるみたい」


「えぇ。間違いなくそう聞こえるわ」


 フィエラとシュヴィーナはそう言って俺のことを少し呆れたように見てきて、少女は何故か顔を赤くしてあわあわしていた。


「あほか。俺が口説くわけないだろ。気になったのはこいつにかけられている魔法だ」


「魔法?」


「あぁ。というか、その前に自己紹介が必要だな。俺はエイル。冒険者をやっている」


「私はフィエラ。同じく冒険者。それとさっきは庇ってくれてありがと」


「私はシュヴィーナよ。最近2人のパーティーに入れてもらったばかりなの」


 俺たちが自身の名前を名乗ると、少女もこほんと咳払いをして姿勢を正し自己紹介をする。


「あたしはソニア・スカーレット。初代賢者の末裔で、スカーレット家の三女よ」


(やっぱりソニアだったか)


 俺の知っている彼女とは少し雰囲気が違ったが、差別を嫌い、相手を思い遣って行動するところは前世で会った彼女と良く似ていた。


「それで話を戻すけど、私にかけられた魔法ってなに?」


「あぁ、それは…」


 どう説明したら良いかしばらく考えるが、ありのまま話した方が良さそうだと判断しそのまま伝える。


「ソニアにかけられているのは魔力封印の魔法だ。お前はそのせいで魔法が使えていない」


「ま、魔力封印?」


 俺から言われた言葉がよほど衝撃的だったのか、ソニアは驚いた顔をしたまま動かなくなってしまった。


「誰がそんな事を?」


 横で話を聞いていたフィエラは、その魔法をかけたのが誰なのか気になるようで、急かすように俺の方を見てくる。


「さぁな。さすがにそこまでは分からん」


 いや、本当は前世の情報から大凡の検討はついているが、今ここでそれを言っても解決するわけではないのでそのことは伝えない。


「まぁでも、悪いことばかりでもないぞ。だってソニアはその魔力封印のおかげで今まで生きてこられたんだから」


「ど、どういうこと?!」


 魔力が封印されて魔法が使えないはずなのに、そのおかげで生きていると言われたソニアは先ほどよりもさらに驚いた顔をした。


「ソニアの魔力量な、かなり多いんだよ。多分生まれつき多かったんだろうな。けど、体が出来上がっておらず、しかも魔力制御すら出来ていない子供がそんな膨大な魔力を持っていたらどうなると思う?」


「…もしかして、魔力暴走を起こす?」


「シュヴィーナ、正解。そんな状態で魔力なんて制御できるはずもなく、ソニアは魔力を抑えきれずに魔力暴走を起こした後、破裂して死ぬ」


 俺に死ぬと言われたことでそんな未来を想像したのか、ソニアは自身を抱きしめながら僅かに震えた。


「何とかならないの?エイル」


「んー、魔法を解除すること自体はできなくはないが、多分そうすると魔法をかけた相手にバレるだろう。そうしたら、次は直接殺しにくるかもな」


「そんな…」


 殺されると言われたソニアは、いよいよ恐怖で胸がいっぱいになったのか青い顔をになる。


 そんな彼女をフィエラとシュヴィーナがそばに寄り添い、抱きしめたり手を握って安心させようとする。


「エル。どうにかならない?」


 このまま魔力を封印したままでも良いが、おそらく近いうちに彼女の魔力を抑えることができなくなり、勝手に魔法が解除されるだろう。


 そうなれば、何の力もない彼女は殺されるのを待つだけとなる。


「…仕方がない。手を貸してやるよ。面倒だからソニアにかけられた魔法を解除する。そうしたら襲ってくるやつもいるだろうが、その時はフィエラたちが守ってやれ。それとソニア」


「な、なに?」


「しばらくは俺がお前に魔法を教えてやる。お前にはこれからやらなければならないことと守らなければならないものがある。そのために力をつけろ。お礼はそうだな…お前のところの家宝である初代賢者の魔導書を見せてくれ」


「…なんで家宝のことを知っているのかは分からないけど…わかったわ。あたしの全てをかけて、その約束を守る」


「おーけー。ならさっそく解除するぞ。『高等魔法解除ハイ・ディスペル』」


 俺が魔法を使用すると、ソニアの体が薄っすらと光り輝き、次に黒いモヤが出てきて消滅する。


「かはっ!!はぁ、はぁ…くっ!」


 魔法の解除が終わると、当然胸元を押さえてソニアが苦しみ始め、床に膝をついて蹲る。


「ソニア!」


「落ち着け。これまで堰き止められていた魔力が体に流れているだけだ」


 俺はしゃがんで彼女の背中に手を当てると、自身の魔力を流し込んで彼女の魔力をゆっくりと体全体に誘導してやる。


「はぁ、はぁ…」


「落ち着いたか?」


「え、えぇ。ありがとう」


「よし。次は魔力の制御と魔法の使い方だな。試験まではまだ時間があるから、それまでにはそこそこ使えるように仕上げるぞ」


 その後、俺は試験が始まる時間ギリギリまでソニアに魔法の使い方や魔力の制御の仕方を教え、彼女は何とかそれなりに魔法が使えるようになるのであった。






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