第76話 聖女
聖女と2人で馬車に入ると、俺は外に声が漏れないように馬車全体に遮音の魔法をかけ、彼女の向かい側に座って足を組む。
「それで?まず、なぜ俺がルイスだと分かったのか教えろ」
「わかりました。ですがその前に、まずは自己紹介をさせてください。私は今代の聖女、セフィリア・イシュタリカと申します。この度は私のお話にお付き合いいただきありがとうございます。そして、先ほどは私の騎士がご無礼を働いてしまい申し訳ございません」
セフィリアが自身の名前の後にイシュタリカを名乗ったのは、聖女は神聖国の象徴であるため、聖女となった者は大聖堂に入った後、国の名前であるイシュタリカの姓を名乗ることになっているからだ。
「その事はもういい。早く教えろ」
彼女は俺の態度に何も言う事はなく、着ていたローブを脱いで話し始める。
「かしこまりました。私の目は少し特殊で、真実の瞳と呼ばれる嘘や偽りの姿を見抜く力があります。その力により、あなた様がルイス様であるとわかりました」
「ふーん。なら、次は要件を言え」
「はい。まず、本来は神聖国の大聖堂にいるはずの私が何故ここにいるのかについてお話しします。私はルイス様。あなた様に会うために帝国まで訪れ、先日までヴァレンタイン公爵領に行っておりました。今はその帰りだったのです」
「は?俺に会いに?」
彼女の言葉の真意が分からなかった俺は、セフィリアを軽く睨んで本心を探るように見る。
「あなた様がお疑いになるのも分かります。ですが、私は決してあなた様を害そうとしたわけではございません。寧ろ私はあなた様にお会いし、謝罪をしたかったのです」
「謝罪だと。俺らは今日初めて会ったはずだが?」
「おっしゃる通りです。私たちが直接お会いしたのは今日が初めて。ですが、私は二年前に聖女になった日、一人の女神様にお会いいたしました。
その方はご自身を運命の女神オーリエンスと名乗り、私に部分的にではありますが過去の事を教えてくださったのです」
(オーリエンスだと?どういうことだ。それに過去?)
「お前たち神聖国では、確か創造神であるラファリエルを崇めていたよな。なのに教典にすらなっていないオーリエンスの話を信じたと?」
「はい。私たちは確かに唯一神として、創造神であるラファリエル様を崇めておりますが、私がお会いしたオーリエンス様の放たれている神々しさはまさに神のそれであり、私があの方の言葉を疑う余地はございませんでした」
彼女の話はこれまでの前世を含めても一度も聞いたことのない話であり、俺一人でいくら考えても現段階では情報が足りないと判断し、彼女が聞いたという過去のことについて尋ねる。
「その過去っていうのは何の話だ?」
「それは…私があなた様とあなた様のご両親にしたことです」
「…本当に聞いたんだな」
「はい」
セフィリアがオーリエンスから聞いたという話は、間違いなく俺が前世で経験したことの一つであり、それは彼女が嘘をついていないという証拠でもあった。
セフィリアのことを知ったのは、二周目の人生で二学年になった時だった。
彼女は俺たちの一つ下で、とある理由から本来は神聖国の大聖堂にいるはずのセフィリアが帝国のシュゼット学園に入学してきたのだ。
その時は特に関わることは無かったのだが、三週目の人生では主人公たちに殺される時に彼女も近くにいた。
その後も何度か俺の死に関わることはあったが、明確に俺の人生に関わることはなく、周りの流れに合わせて側にいるという感じだった。
しかし七周目の人生の時、俺が学園に入って一年が経った頃、聖女が学園に入学してくると突然俺のことを聖騎士たちに取り押さえさせた。
突然のことに訳が分からなかった俺は何もすることができず、そのまま押さえ込まれて膝をつかされる。
「ルイス・ヴァレンタイン。あなたは神の信託により異端者認定されました。よって、神の敵であるあなたには死んでいただきます」
「は?どういうことだ!俺は何もしていない!」
「お話は皇帝陛下の前で聞かせていただきます。騎士の皆様、彼を連れて行ってください」
「はっ!」
俺はそのまま訳が分からず皇帝陛下の前へと連れていかれると、そこには他にも宰相や騎士団長、宮廷魔法師団長にその他の貴族も集まっており、その中には父上と母上の2人もいた。
2人は何かの間違いだと、俺は何もしていないと必死に説明してくれるが、陛下も他の貴族も異様なまでに話に耳を傾けてくれず、俺を罪人のように見てくる。
そして…
「神はこう申しております。異端者を生みし両親もまた異端者である。よって、その両親を処刑せよと」
「わかった。騎士団長」
「はっ!」
「まっ!待ってください!どうか、どうか両親だけは…!」
俺は必死で2人を助けようと踠くが、取り押さえられた状態ではどうすることもできず、父上と母上は騎士団長の手によって首を切り落とされる。
そして、コロコロと父上と母上の頭が俺の方へと転がってきて、既に生き絶えた2人と目が合った。
「あ、あぁ…あぁぁぁぁぁあ!!!!!」
2人の死に感情を抑えきれなくなった俺は、魔力を暴走させてあたりを吹き飛ばすと、両親の頭を抱えて城に穴を開ける。
「絶対に…絶対に殺す。貴様ら全員必ず殺してやる!!」
俺はそう言うと、開けた穴から外に出て逃亡した。
その後、2人の頭を何もない木の下に埋め、俺は魔物が大量にいる森へと入り、そこで魔物たちを闇魔法で操った。
それをいくつもの森で繰り返した後、帝国を囲むようにして襲撃させ、国を外側からどんどん壊滅させて行く。
あたりには人々の逃げ惑う姿や悲鳴が響き渡り、魔物たちが容赦なく人を殺して行く。
「はっ。こんな悲惨な光景を見ても何も感じないとは。我ながらついに壊れたか」
燃える家にも、潰されたり噛み殺されたりする人にも、あたりに漂う血の匂いにすら何も感じなくなった俺は、いよいよ帝都へと辿り着こうという時、目の前に主人公たちが現れる。
「これ以上先へは進ませない!僕たちがお前をここで殺し、帝国を守る!」
「ルイス様!これ以上の残虐な行為を許すことはできません!」
主人公とその他の仲間たちが俺に色々と言ってくるが、俺はそれらの言葉を全て無視する。
「やはりあなたは神のおっしゃる通り異端者でしたね。異端者であるあなたにはここで死んでもらいます」
「くそが。何が神だ。俺が…俺の両親が何をしたって言うんだ。絶対に許さねぇ。聖女。お前だけは俺の手で殺してやる!」
それから主人公たちと俺は戦ったが、結果はこれまでと同じで俺が奴らに敵うことはなく、両手両足を切り落とされて地面に転がる。
(何でだよ!父上と母上の仇すら取れないのか!こんな国、こんな世界、全て壊れてしまえばいい!)
両親を殺した帝国を呪い、仇すら取らせてくれない世界を恨みながら、俺は人生最後の涙とともに主人公の手によって殺されたのだった。
「それで?」
「はい?」
「今回は何が目的だ?」
「で、ですから…以前あった事をあなた様に謝罪させていただきたく。本当に申し訳ございませんでした」
彼女は本当にただ謝罪をしたかっただけなのか、それ以外の言葉を口にすることは無かった。
「はぁ。お前が本当にそれが目的で会いにきた事は分かった。
だが、その事はもういい。第一、過去の事を今更謝られてどうしろって言うんだ。あの時の人生で俺の両親は死に、俺自身も死んだ。ならそれでもう終わりだ。少なくとも今はそう思ってる。だからこれ以上謝る必要はない。要件が済んだなら帰ってもいいか?」
「え。で、でしたら…私はどうしたら良いのですか?どうしたらあなた様に罪を償えるのでしょうか」
彼女は本当に過去の事を悔やんでいるのか、今にも罪の意識で潰れてしまいそうな程に苦しそうな顔をする。
「知るか。お前が罪の意識を持っているのなら、それから逃げるために俺に許しを乞おうとするのはおかしいだろう。
許しは与えられる物であり強請る物じゃない。少しは自分で考えて行動しろ。そんなんだから、あの時は神に言われた言葉一つで自分では何も考えずに行動したんじゃないのか」
俺がこいつの事が嫌いな理由は、俺の両親を殺したきっかけを作ったからではない。
神の言葉に盲目的に従い、自分で何も考える事なくそれを人に伝えるその自我のなさが嫌いなのだ。
例えそこに抗えなかった要因があったとしても、彼女の自我のなさはあまりにも俺の気に触る。
「…その、とおりですね。申し訳ございません」
「それじゃ、俺はもう行くからな」
「すみません。最後に一つだけ。オーリエンス様が、魔導国に行くのであれば、魔法学園にある禁書庫に行くようおっしゃっておりました」
「禁書庫?わかった」
俺はその言葉を最後に、今度こそ馬車を出ると、考え事をしながらフィエラたちのもとへと戻る。
(禁書庫か。最初はただ魔法を学べればと思っていたが、もっと良いことがありそうだな)
予期せぬ出会いはあったが、有益な情報も得る事ができたため、俺はフィエラたちと合流した後すぐにサファリィを離れるのであった。
「ルイス様。今回こそ、あなた様に幸あらんことを」
セフィリアはルイスが出ていった後、彼の今後を思い祈る。
しかし、それは神にでは無く、ただ心から彼を思っての祈りだった。
ルイスの今後は、かなり険しい道のりとなる。彼の望みを叶えるには、大きな壁が立ち塞がるだろう。
「私は私のできる形であの方を支えましょう。それが私にできる最大限の贖罪です」
オーリエンスから部分的にではあるがルイスの目的や今後の話を聞いたセフィリアは、全てを捨てでも彼を支えていく事に決めたのであった。
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