第50話 攻略スタート

 お風呂場はとても広い作りとなっており、複数人で利用するのか流し場がいくつもあった。


 俺は体を洗って浴槽に入ると、久しぶりの広いお風呂の気持ちよさにだらけてしまう。


(ミネルバで泊まった宿屋のお風呂は、あまり広くなかったからなぁ)


 いつもより少しだけ長風呂をした俺は、さっぱりとした気持ちで自身の部屋へと戻る。


 すると、部屋には先ほどまで無かった服のようなものが置いてあり、横には着方の説明が書かれた紙とよければお使いくださいというメモが残されていた。


「ふーん。浴衣っていうのか」


 俺はせっかくだからと試しに着てみるが、帯がうまく縛れずにどうしても胸元が開いてしまう。


「もういいや。面倒だし」


 何度か繰り返して諦めた俺は、床に座ってカバンから本を取り出し、その後は夕食の時間まで時間を潰すのであった。





 本を読み始めてからしばらくすると、18時を告げる鐘が町の中で鳴り響く。


 この町では中央に鐘塔があり、3時間ごとに時刻を知らせる鐘が鳴るようになっているらしい。


「そろそろ夕食か」


 俺がそう思って持っていた本を閉じた時、部屋の扉をノックしてからフィエラが中へと入ってくる。


「フィエラか。ゆっくり休めたか?」


 部屋に入ってきた彼女は俺と同じで浴衣を着ており、普段と違う服ではあるがとても似合っていた。


 それに、浴衣に合わせて結い上げられた髪型によっていつも隠れている項が見えており、雰囲気が何とも艶かしく、他の男が見れば思わず見惚れていただろう。


(まぁ、俺には関係ないけど)


 部屋の前で別れて以降、彼女とは会っていなかったのでどうだったのか尋ねるが、彼女は俺の方を見てピクリとも動かなくなってしまった。


「フィエラ?どうしたんだ」


「エル…」


 俺が改めて声をかけると、ようやく意識を取り戻したフィエラが真剣な顔で俺の名前を呼ぶ。


「なんだ?」


「前。ちゃんと閉めて」


「前?」


「浴衣の前。胸元が見えてるからちゃんと閉めて」


「あぁ、これな。何度やってもこうなるから諦めたんだ」


「はぁ…」


 フィエラは珍しく呆れた顔をすると、ゆっくりと俺の方へと近づいてきて浴衣の帯に手を伸ばし、一度解いてからしっかりと縛り直してくれる。


「慣れてるのか?」


「さっき宿の人にやってもらった…これでいい」


「おぉ〜」


 さっきよりもしっかりと絞められた帯によって、胸元が閉じられてだいぶ見栄えも良くなった。


「ありがとう」


「いい。自分のためだし」


 彼女の言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえずお礼を言ってテーブルの前に座ると、ちょうど宿の人が食事を持って部屋へと入ってくる。


 彼らは料理を並べて説明をしたあと、一度頭を下げてから部屋を出て行った。


「それじゃあ食べよう」


「ん」


 説明によると、今日の料理は鍋というものらしく、中には魚や野菜など様々な具材が入っていた。


 どれも本当に美味しい物ばかりで、俺らは会話をすることも忘れて黙々と料理を食べ終えた。


「あー、美味かった」


「最高だった」


「だな。公爵領でも広めたい料理だ。…あ、そうだ。明日についてだが、明日は9時の鐘が鳴る頃にダンジョンに潜ろうと思うがいいか?」


「問題ない」


「おーけー。なら、準備ができたらお前の部屋の前まで行くから、それまで準備しといてくれ」


「わかった」


 明日の予定を立てた俺たちは、その後フィエラは自身の部屋へと戻り、俺はもう一度お風呂に入って眠るのであった。





 翌日。俺は早く寝たおかげか、いつもよりすぐに起きることができた。

 準備を手早く済ませた俺は、自分の部屋を出て隣の部屋へと向かう。


 扉をノックして少し待つと、装備を整えたフィエラが部屋の中から出てくる。


「おはよ」


「あぁ、おはよう」


 俺たちは軽く挨拶を済ませると、ダンジョンに向かうため旅館の入り口へと向かう。


 すると、そこでは昨日案内をしてくれた男性が朝早くから仕事をしていた。


「おや。これからダンジョンに行くのかい?」


「はい」


「そうかい。なら、表で少し待っててくれ」


 男性はそう言うと、受付の方に歩いて行き、両手に石を持って戻ってきた。


 そして、手に持った石を擦り合わせるようにカチカチと俺たちの背中に向かって鳴らすと、少し目を瞑って祈りを捧げる。


「今のは?」


「これは切り火と言って、俺の故郷で戦いに行く者たちの安全を願ったり厄を祓うための儀式さ。俺にはここに泊まってくれた人たちの無事を祈ることしかできないから、出来ることはなんでもしてやりたいのさ」


「素敵ですね。ありがとうございます」


 男性の温かい見送りを受けた俺たちは、彼に無事に帰ってくることを約束し、改めて気合いを入れてダンジョンへと向かうのであった。





 途中で朝食を買いながらダンジョンの入り口にやってきた俺たちだったが、すぐに中へと入ることはできなかった。


 というのも、入り口には多くの冒険者が集まっており、中には順番に入るようになっていたからだ。


「中は広いらしいが、入り口はそうでもないんだな」


「ん。トラブル回避のため。仕方ない」


 フィエラの言う通り、冒険者たちを一斉に入れてしまうと魔物の取り合いや揉め事に繋がってしまうため、こうなるのも仕方がない話ではある。


 それから20分ほど待つと、俺たちはようやく中に入ることができ、さっそくダンジョン内を見て回る。


「思ったより暗くは無いんだな」


「壁が少し光ってる」


「ほんとだ。どうして光ってるんだ?」


 ダンジョンに入って少し歩くと、すぐに広い場所へと繋がり複数の道に分かれていた。

 中は思ったよりも暗くなく、フィエラの言う通り壁自体が何故か発光しているため比較的明るかった。


「んじゃ、まずは様子見と行きますか」


「了解」


 俺たちは幾つにも分かれている道から適当な場所を選ぶと、その道をまっすぐ進んでいく。


 通常であれば、道が複数に分かれていたり入り組んでいる場合、地図を書いて道を記録するべきなのだが、俺は記憶力に自信があるため、道を頭の中に記録して行く。


「エル。魔物が来る」


「魔物だと?」


 俺はダンジョンに入ってから、常に自身を中心に半径50mの索敵魔法を展開しているのだが、その索敵魔法には魔物の反応が無かった。


(どういうことだ?)


 疑問に思いながらも周囲を警戒していると、突然横から水の針のようなものが飛んで来る。


「おっと」


 俺はその針を避けて飛んで来た方を見てみると、そこには水で出来た魚が宙を泳いでいた。


「突然現れた?」


「ん。多分、水を集めて体を形成してるから、エルの感知には引っ掛からなかった」


「なるほど」


 フィエラの言う通り、水で体が作られているこの魔物は空気中の水分と魔力で形を形成しており、突然現れたのも空気中の水分を集めて体を瞬時に構築するため、索敵魔法を使っていても気づけなかったようだ。


「これは厄介だな」


 俺は宙に浮いている魔物をゾイドさんから貰った炎の魔剣で切ると、その魔物は炎の熱で蒸発して魔石だけとなった。


「フィエラ。すまないが索敵をお願いできるか。ここだと俺の索敵魔法はあまり役に立たなそうだ」


「任せて」


 フィエラの獣人としての勘であれば、どうやらここにいる魔物たちの気配を察知出来るようなので、俺たちはいつもと役割を交代してダンジョン内を進んでいくのであった。





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