第49話 海底の棲家
「大丈夫かフィエラ」
「ん。だいじょ…ばない。今は、あまり話しかけないで…」
リグルたちと一悶着あった後、俺たちはAランクダンジョン『海底の棲家』行きの乗船チケットを買い、無事に船へと乗ることができた。
それから最初のうちは、初めて船に乗るということで俺もフィエラも少し浮かれていたのだが、フィエラはすぐに船酔いをしてダウンした。
以前も言った通り、獣人族は非常に五感に優れているため、船のわずかな揺れを感じてしまった彼女が酔ってしまうのも仕方がない話ではあった。
一度、状態異常を回復する魔法をかけてやったのだが、治ってからまた数分で彼女は酔ってしまったので、殆ど意味がなかった。
なので、船員に声をかけて状況を伝えると、その人は俺たちを空き部屋へと案内し、フィエラを休ませてくれたのだ。
「ごめんね、エル。迷惑かけて…」
フィエラは船酔いのせいで精神的にも弱っているのか、さっきからずっと俺に謝り続けていた。
「別に気にしなくていいさ。俺もお前が船酔いする可能性に気づかなかったしな。次からは薬を買っておこう」
確か港の近くで船酔いに効くポーションが売っていたことを思い出した俺は、次に船に乗る時は前もって買うことに決めた。
「ありがと…」
「もういいから、ゆっくり休め」
「ん」
俺はそう言って睡眠魔法をかけてやると、フィエラはすぐに寝息を立てて眠った。
暇になった俺は、目を閉じて自身の内側に意識を向けると、現在の魔力総量を確認する。
(ふむ。だいぶ増えたな)
公爵領を出てからも魔力操作や魔力枯渇を行ってきたことで、氷雪の偽造でドラゴンと戦った時よりもさらに増えていた。
(これなら、あと数ヶ月後には時空間魔法が使えるかな?)
ついに時空間魔法が使えるところまで魔力総量が増えてきてはいるが、それでもギリギリ使用できるかと言うくらいで、実戦ではおろか日常でも長時間の使用は厳しいだろう。
(転移魔法が使えれば便利ではあるが、あれは時空間魔法の中でも上位の難しさだし、何より消費魔力がエグいからな。よくて小さい収納魔法と短距離転移ができるくらいか)
実際それだけでも戦闘の幅はかなり広がるので、これからも少しずつ魔力を増やしていくのが良いだろう。
その後、俺は船内放送が入るまでの間、魔力を体の中で循環させながら瞑想をするのであった。
「本日はご乗船下さりありがとうございました。本船はこれより、Aランクダンジョン、海底の棲家に向け潜水いたします。海中の景色をお楽しみになりたい方は、ぜひ甲板までお越しください」
俺はせっくだし景色を見ようかと思い座っていた椅子から立ち上がるが、ここでフィエラをどうしようかと考える。
(一応声だけかけとくか)
あとで文句を言われるのも面倒なので、俺は寝ているフィエラへと近づき、軽く肩を揺する。
「フィエラ、起きろ」
「んん。…ついた?」
「いや。だが船が今から潜水するらしいから景色を見に行こうと思うんだが、お前はどうする?」
「…いく」
フィエラはそう言って眠そうにしながらもベッドから降りると、寝る前よりもだいぶ穏やかな表情になっていた。
(寝たからか少しは楽になったみたいだな)
寝起きで少しふらついている彼女に合わせてゆっくりと船内を歩いた俺たちは、甲板に出るとあまりの絶景に言葉を無くした。
「すごいな」
「ん。すごい…」
結界魔法で覆われた船は重力魔法で海底へとゆっくり沈んでいき、周りの景色は太陽に照らされた明るい青から光が届いていない暗い青へと変わっていく。
周囲には様々な種類の魚たちが泳いでおり、まさに絶景と呼ぶにふさわしい景色が広がっていた。
そんな景色を30分ほど楽しむと、海底の方に光が見えてきた。
「あそこか」
それはAランクダンジョン『海底の棲家』へと入るための入り口であり、それを覆っている結界魔法が光を発しているため明るくなっているようだった。
「まもなく、海底の棲家へと到着いたします。降りる際はお忘れ物がないようにお気をつけください」
船内放送が入ると、船は少しずつダンジョンへと近づいていき、ダンジョンに張ってある結界の横に並ぶと、船の横から結界の方へと光の道が現れる。
「お待たせいたしました。Aランクダンジョン『海底の棲家』へと到着いたしました。
本日も私たち乗務員は皆様のご無事を祈っております。お気をつけていってらっしゃいませ」
俺たちは忘れ物が無いのを確認すると、ダンジョンへと続く光の道を通って結界の中へと入っていく。
そこには一つの町のようにたくさんの露店が並んでおり、多くの冒険者たちで賑わっていた。
「まずは宿を探したいところだが、これだけ人がいるともう空き部屋は無いかもな」
「ん。どうする?」
「どうしような。何も考えてなかった」
まさかここまで人が多いとは思っていなかったので、泊まれない可能性については全く考えていなかった。
「とりあえず、ダメ元で宿をあたってみるか」
「わかった」
その後、フィエラと二人で4つほど宿屋を見て回ったが、どこも満室で泊まることができず、俺らは途方に暮れていた。
(このまま泊まれないとなると、一度ミネルバに戻ることも検討した方が良さそうだが、次来た時に泊まれる保証もないしなぁ。
なにより、ここまで来てダンジョンに一度も潜らず帰るのもあれだし…どうしようか)
俺たちはどうするべきか考えながら歩いていると、人通りの多い道から少しだけ歩いた場所に、あまり人がいない建物を見つけた。
「これは…宿屋か?」
「分からない」
目の前にあったのは、他の宿屋とは違った建築様式の建物で、どこかお屋敷のような雰囲気のある場所だった。
建物に使われている素材は他と同じ木材だが、他の宿屋が二階建てや三階建なのに対して、こちらは一階のみで横に広い作りをしている。
とても立派な作りをしているのだが、泊まろうとする人が少ないのかそこだけ人があまりいなかった。
「あそこに行ってみるか?」
「ん」
お屋敷のような宿屋に入ると、一人の男性が俺たちのことを見つけて笑顔で近づいてくる。
「いらっしゃい。泊まりに来たのかい?」
「はい。部屋は空いてますか?」
「あぁ。空いているとも。一緒の部屋でいいかい?それとも別々にするかい?」
「二部屋でお願いします」
「あいよ。んじゃ手続きをするからこっちへ来な。あ、靴はここで脱いでそこの棚に置いておいてくれ」
俺たちは男の人の指示に従い靴を脱ぐと、横に置かれている棚へと靴を置いた。
(何だか不思議な感じだ)
いつもは屋内でも靴を履いて生活しているため、こうして靴を脱いで床を歩いた経験が殆どなく、なんだか不思議な感じがした。
中を見渡してみると、木の柱や並べられた観葉植物がとても綺麗で、どこか落ち着く雰囲気のある場所だった。
(こんなに良いところなのに、人があまりいないんだな)
「人が少なくて気になるかい?」
受付で手続きをしてくれていた男性が俺の様子を見て考えを察したのか、少し笑いながら尋ねてきた。
「そうですね。すごく雰囲気の良い場所なのに、あまり人がいなくて驚いてしまいました」
「はは。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。だが、そんなに難しい話じゃないさ。ここは旅館と言うんだが、見ての通り他の宿屋とは作りが違う。
だからお客さんたちも、旅館という知らない場所に泊まることを避けてか戸惑ってか、あまり泊まりに来ようとしないのさ。
だが、一度泊まった人はみんなこの場所を気に入ってまた泊まりに来てくれる。ここはそんな人たちのためにある場所なんだ」
確かに男性の言う通り、いくら冒険者でもなれない施設や場所にはどうしたら良いのか分からず近づこうとしないだろう。
それに、それで失敗すればその後のダンジョン攻略にも支障をきたす可能性があるため、尚更泊まることを躊躇ってしまうのも仕方がない話ではある。
「それじゃあ、さっそく部屋へと案内しよう。ついてきてくれ」
手続きを終えた男性はそう言うと、俺たちの前を歩いて部屋へと案内してくれる。
「着いたぞ。部屋は隣同士にしたから、夕食はどっちかの部屋に運ぼうと思うがいいかい?」
「なら、俺の部屋でお願いします」
「あいよ。時間は18時ごろに運ぶから、それまではゆっくりと部屋で休みな。それと、ここの廊下を進んだ先に風呂があるから、好きな時に入るといい」
男性はその言葉を最後に、振り返ってスタスタと入り口の方へと戻っていった。
俺たちは部屋の前で別れたあと、お互い与えられた部屋へと入るが、中は外が見える窓とテーブル、それとクッションのような物があるだけのシンプルな作りだった。
「良い部屋だな」
床に敷かれた薄緑の草を編み込んだようなものからは良い香りがして、とても落ち着くことのできる良い部屋だった。
俺は着ていたローブや荷物を隅に置くと、部屋で少し休み、さっそくお風呂へと向かうのであった。
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