第46話 道に落ちてたエルフ

 アドニーア領を出て一週間ほどが経ち、あと三日で湾岸都市ミネルバに到着しようという時、俺たちは道端のど真ん中に倒れている女を発見して足を止めていた。


「あれどうする?」


「無視」


「だな。面倒事の予感がする」


 俺たちはその女を無視して通り過ぎようとしたのだが、女が突然顔を上げると大きな声で呼び止めてきた。


「ちょっと待って!お願いだから無視せず助けてちょうだい!!」


「……」


 それでも無視して通り過ぎようとした俺たちだったが、女がゴロンと地面を転がり俺の方に寄ってくると、仰向けになりながらガシッと俺の足を掴んで離してくれなかった。


「おい。離せ」


「いやよ!離したらそのまま行ってしまうのでしょう!!そしたら助けてくれないじゃない!」


 めんどくさいなぁと思いながら下に目を向けると、そこにいたのは絶世の美少女と言われてもおかしくないエルフの女の子が俺の足を掴んでいた。


(この女、どこかで…)


 どこかで見たことがあると思いながら眺めていると、突然横からフィエラに脇腹を軽く殴られる。


「っ!なんだ…」


「見過ぎ。あなたもエルから手を離して」


「わ、わかったわ…」


 フィエラが声を低くして睨みながそう言うと、エルフの女の子は声を震わせながら俺の足首から手を離した。


 本来ならこのまま置いていくところなのだが、どうしてもこのエルフが気になった俺は、彼女の前にしゃがんで話を聞いてやることにした。


「それで?お前はここで何やってるんだ?」


「ちょっと。初対面の女の子にお前なんて失礼じゃない?私にはシュヴィーナっていう名前があるのだけど?」


(シュヴィーナ?やっぱりどこかで…)


 彼女の名前を聞くと、やはりどうしてもどこかで会ったことがあるような気がして引っ掛かる感じがした。


「…そうか。で?お前は何でここに倒れてたんだよ」


「あなたねぇ。はぁ、もういいわ。実は私…」


 シュヴィーナはそう言って言葉を溜めると、真剣な表情で俺たちの方を見てくる。


「お腹が空いて死にそうなの」


「アホくさ。行くぞフィエラ」


「ん」


「待って!!!」


 あまりにもくだらない理由すぎて、付き合うのも馬鹿らしくなった俺たちはすぐにこの場を離れようとするが、シュヴィーナがまた俺たちの足首を掴んで離してくれなかった。


 このままでは一向に進めそうにないと思った俺は、一つため息を吐くと仕方なくマジックバッグから料理を出してやる。


「わぁ!ありがとう!」


 シュヴィーナはお礼を言うと、俺が出した料理を次々と平らげていき、目の前には皿の山が積まれていく。


(どんだけ食うんだよ…)


 俺があまりの食べっぷりに若干引いていると、しばらくして満足したのかシュヴィーナは食べる手を止めた。


「ふぅ。ありがとう。助かったわ」


「そうか」


 居住まいを正して座るシュヴィーナを改めて見て見ると、毛先にいくにつれて薄い緑色になるブロンドの長い髪に、エメラルドのように綺麗な緑色の瞳。そしてエルフ特有の長い耳。


 フィエラと比べても負けないくらいの美少女ではあるが、俺はどこかでこいつと会ったことがあるような気がして、美しさよりもそちらばかりが気になってしまう。


「なぁ。俺らどこかで会ったことあるか?」


「は?あるわけないでしょ。なに、私を口説いているのかしら」


 シュヴィーナがそう言うと、後ろにいたフィエラからギッと睨まれるが、それを無視してシュヴィーナの事を観察する。


「…あ」


(思い出した。こいつ、主人公とたまに一緒に行動していたエルフの女か)


 シュヴィーナ。こいつはシュゼット帝国学園に通っていたエルフで、前世ではたまに主人公と一緒に行動することがあった女だった。


 直接的に俺の死に関わることが無かったので忘れていたが、俺が魔物を操って国を襲った時などは主人公と一緒に行動していた。


 確か魔族が魔物を操ってエルフの国を滅ぼした過去があったため、シュヴィーナは魔族と魔物に強い復讐心を持っており、目的のために主人公と一緒に行動することがあったのだ。


 その時にチラッと見た彼女の雰囲気は氷のように冷たく、復讐以外には何も興味がない冷たい女という印象だった。


(だが、目の前のこいつはどう見てもあのシュヴィーナと似ても似つかないな。何ならポンコツ感が半端ない)


 いや、もしかしたら元々はこんな性格で、復讐心が彼女をあんな風に変えたのかもしれないという考えに至ったところで、目の前に座っているシュヴィーナが少しだけ顔を赤らめてモジモジしているのが目に入る。


「何やってんだ?」


「さ、さすがに見過ぎよ。恥ずかしくなるわ」


「あぁ、それはすまん」


 普通の男ならこの一言で可愛いと思うのだろうが、俺にはそう言った感性がとうの昔に無くなったので、立ち上がって距離を取る。


「よし。そろそろ移動するぞフィエラ」


「わかった」


 気になっていたことも解決した俺は、シュヴィーナが食べ終わった皿をマジックバッグにしまい、この場を立ち去ろうとする。


「三度待って!」


 シュヴィーナはそう言って俺のローブを掴むと、わざわざ身体強化まで使っているのかびくとも動くことができなかった。


「何なんだよさっきから。うぜぇな」


 さすがにイラッときた俺は、珍しく言葉を荒げながらシュヴィーナのことを睨みつける。


「エル。落ち着いて。殺気が漏れてる」


 フィエラは俺の手を軽く握ると、落ち着くように声をかけてきた。

 俺は一度深呼吸をすると、殺気だけを無くして再び睨みつける。


「それで。何のようだ」


「あ、あなたたち、これから湾岸都市ミネルバに行くのでしょう。わ、私も同行させて欲しいの…だけど」


「はぁ?何でだよ」


 シュヴィーナは俺の殺気に当てられて恐怖したのか、少し震えながらも俺らに同行させて欲しいと言ってきた。


 しかし、俺らにはこいつを連れていく意味も理由も価値すらもないため、心底この言葉の意味がわからず聞き返してしまった。


「私、故郷から出てきたばかりで外の世界のことがあまり分からないのよ。だから、湾岸都市に行きたいのだけれど、どこに行けばあるのか分からなくて…」


 確かにエルフ族は基本的に自分たちの国から出ることがないため、外の世界の情報にはあまり詳しくない。


 だが、やはり俺にとってはこいつが道に迷おうがそれで困ろうが関係ないことだし、同行を許可する理由にはならなかった。


「エル。連れて行こう」


 すると、これまで隣で静かに状況を見守っていたフィエラが何故か連れていくことを提案し、いまだ地面に座り込んでいるシュヴィーナに手を差し伸べる。


「何でだ?」


「国を初めて出て、道に迷ったり困ったりする気持ちは私にも分かる。だから手を貸してあげたいと思っただけ」


 確かにフィエラ自身も一人で国を出て公爵領まで来ていたようだし、同じ年頃の女の子が困っているのを見て助けたくなったのだろう。


「はぁ。仕方ないな。街に着くまでだけだからな」


「ありがとう!」


 最初シュヴィーナのことはフィエラに任せて俺だけ最初に行こうかとも思ったが、あとで合流するのも面倒だったため、結局俺たちはその後シュヴィーナを加えた三人で湾岸都市ミネルバへと向かうのであった。





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