第14話 もふもふ

 シーラさんが報酬を持って戻って来たので、俺は彼女に声をかけて訓練場を貸してもらう。


 訓練場にやってきた俺とフィエラは、互いに準備運動をしてから向かい合った。


 獣人族の特徴は、属性魔法が使えない代わりに身体強化に優れており、素の身体能力も高いため近接戦闘を得意としている。


 また、五感にも優れているため、動体視力や危険察知能力が高く、並の攻撃だと避けられてしまう。


 最後に獣化。これは獣人だけが所有する能力で、獣化することで身体強化とは比べ物にならないほどの身体能力を得ることができる。


 そんな近接戦のスペシャリストを前に、俺はいつもの剣を持たずに拳だけを構える。

 なぜかって?そっちの方が楽しそうだからだ。それ以外に理由はない。


「それでは両者、準備よろしいですか?」


「はい」


「ん」


「では…はじめ!」


 開始の合図と同時、最初に仕掛けたのは俺の方だった。

 まずは様子を見るため、正面から突っ込み顔面目掛けて殴りかかる。


 しかし、案の定フィエラは簡単にそれを避けると、今度はカウンターで斜め下から胴に拳を打ち込んでくる。


 俺はそれを左腕でガードすると、殴られた勢いのままに一度距離を取った。


(やっぱり素の身体能力は向こうが上だな。最後のパンチは身体強化を使ってなかったら折れてたかもね)


 一度目の攻防で、俺とフィエラはお互い身体強化を使っていなかった。

 まぁ、俺は最後のガードで使ってしまったが。


「いいね。次行くよ」


 俺は身体強化を使うと、一瞬でフィエラの後ろに回り込み、今度は蹴りを入れる。


 しかし、フィエラも身体強化を使用すると、右腕であっさりと受け止められ、今度は彼女が俺の足を掴んで投げ飛ばす。


「おっと」


 右手を地面について受け身を取ると、構えを解いて彼女に話しかける。


「強いね。そういえばランクは?」


「C。もう少しでBに上がる予定」


「なるほどね」


 体術はそこそこできる程度だが、これまでのやり取りでフィエラがかなりの実力者なのは分かった。


「なら、もう少しギアを上げるよ」


 そこからは、もはや目では追えない戦いになった。俺が仕掛ければそれに合わせてフィエラがカウンターを仕掛けてくる。


 フィエラが仕掛けてきたら、俺が躱しながら仕留めに行く。


 しかし、お互いカウンター狙いの戦闘スタイルのため、どちらも決め手に欠ける状態だった。


(さすが獣人。ここまでついて来れるとは。なら…)


 俺がフィエラの右腹部に視線と殺気を向けると、彼女は案の定、右腹部を守るために腕を差し込む。


 しかし、俺はそんな彼女にニヤリと笑い、左腹部へと思い切り回し蹴りを喰らわせた。


 俺の蹴りをもろに喰らったフィエラは勢いよく吹っ飛んでいき、壁にぶつかってようやく止まった。


「生きてるかー?」


 フィエラのもとへ近づくと、何とか意識は残っていたようで、こくりと首を縦に振った。


 しかし、頭を強く打ったせいかまだ立つことはできないようなので、俺は回復魔法をかけてやった。


「これで大丈夫だろ」


「ありがと」


 フィエラは立ち上がると、ペコリと頭を下げてお礼を言ってくる。なんとも礼儀正しいやつだ。


「それで、最後は何をしたの」


「簡単だよ。君たち獣人は五感に優れている。だから殺気や視線の動きに敏感で、経験が浅い奴ほど自身の勘に頼り切って防御する。だから簡単なフェイントに引っかかるってわけ」


「なるほど」


 俺の説明に納得したのか、フィエラはうんうんと頷いていた。

 そして顔を上げると、俺のことをじっと見つめてくる。


「なに?」


「パーティーの件」


「あぁ。いいよ、組んであげる」


「ありがと」


 フィエラは相変わらずの無表情でお礼を言うが、尻尾がふさふさと揺れているので喜んでいるみたいだ。


(あの尻尾、あとで触らせてくれないかな)


「それで、私はこれからどうしたらいい」


「とりあえずランクを上げようか。俺は今Aランクだし、フィエラも早くランクを上げないとだな。ちゃんと依頼は手伝ってやるよ」


「わかった」


 フィエラは返事をすると、すぐに訓練場を出て行った。おそらく依頼でも見に行ったのだろう。


「終わったようですね」


「はい。審判役、ありがとうございました」


「いえ、ほとんど何もしてませんから。それより、本当にパーティーを組んでよかったんですか?エイルさんはあまり人と関わらない人なのかと思ってましたが」


「まぁ、基本はそうですね。ただ、俺と考え方が似ている気がしたので、興味が湧いたんですよ」


「考え方…ですか?」


「えぇ。強くなるためなら死んでも構わないっていうね」


 俺の言葉を聞いたシーラさんは、少し悲しそうな顔をしていたが、それ以上は何も言うことはなかった。


 そして俺も訓練場をあとにすると、フィエラに一声かけ、飛行魔法を使って屋敷へと帰るのであった。





 それからの一週間は、フィエラに付き合って彼女のランク上げを手伝った。


 二人で依頼をこなせばあっという間で、彼女は次の依頼を達成すればAランクの昇格試験を受けられるところまできた。


 その間、俺はフィエラに自分が知る限りの格闘戦の知識を教えていた。

 フィエラはセンスが良いのか、俺が教えたことはすぐに身につけていき、格闘戦だけなら俺よりも強くなった。


 そして、嬉しかったことが一つ。それはフィエラが俺に尻尾と耳を触らせてくれたのだ。

 もう、ふっさふさで肌触りが良く、フィエラもしっかりと手入れをしているのか毛並みがとても綺麗で指通りも良かった。


 ただ誤算だったのは、フィエラも俺の毛づくろいが気に入ったのか、たびたび強請るようになったが、悪い気はしないのでよく引き受けてやっていた。


 そして、今日は街から少し離れた場所を二人で歩いていた。


 依頼によると、この辺りにBランクの魔物、オーガが出現したらしく、それを討伐して欲しいとのことだった。


 オーガとは、東の国で鬼と呼ばれている生き物に似ており、肌は赤くて額にはツノが生えている。さらに力が強くて体も筋肉質なため、動きが素早くて攻撃力も高いという強敵だ。


 索敵魔法を展開してオーガを探しながら歩いていると、馬車のようなものが3匹のオーガに襲われているのを感知した。


「フィエラ、オーガがいたぞ。どうやら馬車が襲われているようだ。ついでに助けようか」


「わかった」


 身体強化を使った俺とフィエラは、その場から消えたかのような速度で移動する。

 そしてあっという間に目的地に着くと、俺はフィエラに馬車の後ろにいるオーガを1匹相手するように指示を出す。


 フィエラはこくりと頷くと、さらに速度を上げて馬車の後ろへと向かった。


 俺は馬車の前にいるオーガに剣を抜いて突っ込むと、後ろから1匹のオーガを横に両断した。


 隣にいた仲間が死んだことに気がついたもう1匹は、俺目掛けて持っていた棍棒を振り下ろす。


 目の前に迫った棍棒を体を少しだけずらして避けると、まずは俺の横にある手首を切り落とす。

 そして、痛みで動揺しているうちに距離を詰めると、そのままの勢いで逆袈裟でもう1匹を切り捨てた。


「さて、フィエラはどうかな…」


「終わった」


 フィエラの様子でも見に行こうかと振り返ると、既にオーガの魔石を手に持った彼女が後ろに立っていた。


「おつかれ。なら依頼も達成したし帰るか」


 馬車から人が降りてくる気配がしたが、貴族だと面倒な事になるのでこの場を急いで離れようとする。


「ルイス…様?」


 しかし、後ろから突然俺の名前が呼ばれて振り返ると、そこには婚約者のアイリスがいた。


(何でここにアイリスが。って、今日はアイリスがこっちにくる日だった)


 フィエラと冒険者をやるのが楽しすぎて、すっかりアイリスが来ることを忘れていた俺は、この時振り返ってしまったことを後悔した。


「やはり、ルイス・ヴァレンタイン様ですね」


「違います。俺はエイルといいます」


 今は魔法で変装しているのでバレないはずだと思い嘘をつくが、アイリスはどこか確信したように話を続ける。


「いいえ。私が先ほどルイス様と呼んだ時、あなた様はこちらを振り向きました。それに、髪色や瞳の色が違くても、骨格はルイス様です。間違いありません」


 アイリスの言葉を聞いた俺は、驚きで言葉が出て来ない。


(確かに名前を呼ばれて振り返りはしたが、骨格が俺って何だ?)


「フィエラ、帰るぞ」


「わかった。帰ったら毛づくろいして」


「いくらでもしてやる。だから急ぐぞ」


 この場にいるのが何故だか怖くなった俺は、フィエラに声をかけて全力で身体強化を使い、その場をあとにするのであった。


「フィエラ…毛づくろい…ふふ。やはり…」


 瞬間移動のように消えた俺たちは、アイリスが呟いた言葉を聞くことはでないのであった。





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