マッチョ・ザ・ワールド
家宇治 克
第1話 選択肢なくない??
気がつくと、そこはいつもの景色とは全く違っていた。
朝七時の激混みの満員電車ではなく、教会の礼拝堂のような場所。
色鮮やかなステンドグラスを背景に、腕を広げ、光をまとう女を見た時、あぁ、彼女が女神なのだと悟った。
「そこなる人間よ」
女神は俺を呼ぶ。
俺は高鳴る胸を抑えて、返事をした。
「あなたには、大変申し訳無いことをした。こちらの手違いで、あなたを死なせてしまうとは、女神として、してはならない失態です」
あぁ、やはり、俺は死んだのか。
でも、どうせ仕事に行ったって、上司のパワハラと、嫌味なお局様にメンタルを削がれて帰るだけ。
今までの日常とおさらば出来るなら、全然構わない。
でも、自分の死因が検討もつかない。
電車に乗った所までは覚えている。でも、車内で死ぬようなことは無いはずだ。
まさか、知らない間に心臓に何か病気を抱えていたのでは……!?
ひとりで妄想を捗らせていると、女神は悔しそうに唇を噛む。
「マッチョの胸筋に挟まれて圧迫死なんて、そんな不出来な死に方をさせるなんて……っ!」
「俺そんな死に方してたの!!?」
そういえば、自分の両サイドを、ボディービルダーみたいな人が固定してたな。
電車が揺れた弾みで、こう、ギュッと。
「あれで死んだの!?」
やだ~~~! 俺か弱~~~い!
女神も心底悔しそうな顔をしている。
本当にそれが死因なんて、女神でも納得いかないんだろうな。
「本来なら、鍛えられた良質な筋肉は柔らかくて、包まれてももっちりとした弾力があるんです。それなのに、私ったら、赤筋ばっかり育てさせてて……!」
「そっち!? 俺を可哀想だって思ってくれてもよくない!?」
女神はぱっと顔を上げる。
「申し遅れました。私、リジン・メチオニン・フェニルアラニン・バリン・スレオニン・ヒスチジン・イソロイシン・ロイシン・トリプトファンと言います。長いので──」
「アミノ酸でしょ。必須アミノ酸の名前じゃん」
「私を、ご存知ですか!?」
「中学生で習うよ」
必須アミノ酸はな。
女神は嬉しそうに笑うが、今目の前にいるのが手違いでマッチョに潰された男だって事、忘れるなよ。
女神は胸の前で手を組むと、姿勢を正して俺に告げる。
「本来なら、あなたを元の世界の輪廻に戻すのですが、手違いによるものですので、お詫びに異世界に転生させましょう」
きたきた! こういうのだよ、こういうの。
「さらに、私から贈り物として、一つだけスキルを差し上げます」
チートじゃん! 確定じゃん! スキルだって。はぁーこりゃ、女神の折り紙付きの最強魔法とか期待できちゃうな~。
「お選びください! 『10分の1の努力で10倍の筋力を手に入れる』か、『おしっこを真水にする能力』か」
「待って、どっちも要らない」
どうしてショボイ能力を提案されてるの?
俺、間違って死んだのに?
「えっ、筋肉が鍛えやすい能力と、あと一つなんでしたっけ?」
「おしっこを真水にする能力です」
「なんでおしっこ限定? クソじゃん」
「いえいえ! おしっこは細菌の温床で、毒素の塊ですが、毒素を抜き、清浄化することで真水に変換できます。この能力は水から毒素を抜くことができるんです!」
「じゃあそう言えよ! 『あらゆる水を無毒化できる能力』って言えよ!」
「そう言ったら、最初に言った能力を誰も欲しがらないじゃないですか!」
「要らない自覚あんのか! 最初から筋力最大にしてくれよ!」
「筋肉は一朝一夕で身につくものじゃないし、何もしないで鍛えられるものでも無いんです! 甘ったれるなぁ!!」
「どんだけ筋肉好きなの!?」
散々言い争ったのに、俺が選んだのは『10分の1の努力で10倍の筋力を手に入れる能力』だった。
……というか、こっちしか選ばせてもらえなかった。
「では、新たな世界へ! いってらっしゃ~い!」
女神に送り出され、俺は異世界へと生まれ落ちる。
赤子になった俺は、女神がゴリ押ししてきた能力で間違いなかったと、心の底から思った。
両親が、マッチョだったのだ。
マッチョ・ザ・ワールド 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
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