第33話 尋問

「は、は、はははっ」


「なにがおかしい」


「お前のように言う人間は何人もいた。だが、全員死んだか、我らの仲間になった」


「おれはそうならない」


 志郎はメートフの折れた指を、強く握りしめる。メートフは痛みに顔を歪める。


「もう一度聞く。アレス・ホーネットの正体は?」


「ぐ、ぅ……言うつもりは、ない」


「すぐ言いたくなるさ」


「薬を、使うのか? ラバン殿の『神秘の草花』も使えるのだろうが、私が対策をしていないと思うか?」


 なぜそれを知っている? 志郎の戸惑いはほんの一瞬だったが、メートフは調子づく。


「小さな石版を残していっただろう。分析は済んでいる。お前は他の転生者の技能を奪い、自分や他人に与える能力を持っているのだろう」


 鏡子が目を丸めて志郎を見つめてくる。


 鏡子に、そしてアレスの陣営に、神性技能の剥奪と付与の能力を知られてしまった。今後は敵もそれを承知で襲撃してくるだろう。今まで以上に苦戦するかもしれない。


 だがそれは今ではない。


「それがどうした。薬などお前にはもったいない。痛みへの対策はできているか?」


「拷問か。これ以上痛い目に遭うのは嫌だが……お前にそんな暇があるかな?」


「あいにくと神罰を代行する以外の予定はない」


「いや、急用が入るかもしれん。たとえば……たとえばだが、魔族が今夜この街を襲ったりしたら……防壁に穴のある貧民街はひとたまりもあるまい。あそこはお前の根城だろう? 住民を救うには、私に拷問を加えている暇などないだろうな」


「お前、まさか」


 そのとき、窓の外で紅い輝きが見えた。遅れて爆発音が響いてくる。北東。貧民街のある方角だ。火の手が上がっている。続けて、北側と東側でも爆発。唸るような低い雄叫びが、遠くから聞こえてくる。魔族の襲撃だ。


 志郎は全身の血流が一瞬で逆流するような感覚を覚えた。同時に体が熱くなり激しく荒々しい衝動が湧き起こる。


 志郎はメートフの胸ぐらを掴んで上半身を引き起こす。


「お前か。お前が呼んだのか!」


「くくっ、なぜ私が呼ぶ必要がある。サルーシ教は魔族を退ける教えだ。偶然、異教徒も襲われているようだが」


「ふざけるな!」


「――ぎっ!?」


 志郎はメートフの左手の中指と人差し指を感情のままにへし折った。


「お前たちが魔族と通じてるのはとっくに知ってる。くだらない演技はやめて、さっさとアレス・ホーネットの正体を吐け」


「く、くくくっ、なら貴重な時間を使って、吐かせてみるがいい。その間に、貧民街の住民は何人死ぬ!? お前は救出より拷問を選――うっ!?」


 志郎は左手でメートフの顔面を掴み、右手でメートフの耳を引っ掴む。


「無駄口を叩くたびに、体の一部を失うぞ」


 すぐには引きちぎらない。痛みと恐怖を与えるために、ゆっくりと力を入れていく。


 耳の付け根が裂けて、血が溢れ出てくる。


「ぐ、う、ぅ……。だ、だが殺せはしまい? アレス様の手がかりを失うことになるからな。それに、私は痛みでは屈しない。耐えれば耐えるほど、貴様に苦痛を味わわせることができるのだからな!」


「そうかよ!」


 志郎は瞬間的に力を込めて耳を引きちぎる。


「ぎゃあああああ!」


 メートフは叫び、患部を手で押さえてベッドの上を転げ回る。


 志郎はちぎった耳をゴミのように放り捨てる。


「どこまで耐えられるか試してやる」


「ダメ! やめてよ、そんなの!」


 鏡子が深刻な顔で割って入ってくる。


「こいつを庇うのか」


「違うよ! でもこの人、すぐには口を割らないよ。こんな人に構ってるうちに、みんなが……ペルちゃんや神父さんたちが死んじゃうかもしれないんだよ! あそこには小さい子だっていっぱいいるのに! こんなんじゃ、相手の思う壺だよ!」


 志郎は息を飲んで鏡子の顔を見つめる。そして窓の外、ずっと向こうの炎も。


 大きく深呼吸して、暴走していた自分自身を律する。二度の深呼吸で、冷静さが戻ってきた。


「お前の……言う通りだ。こんなやつに構ってはいられない……」


「じゃあ!」


 頷く代わりに、痛みに悶えるメートフの顔面を殴りつける。


 奥歯が折れ、口の端から血が溢れ出る。その一撃でメートフは気絶していた。


「行くぞ!」


 振り切るようにメートフに背を向け、志郎と鏡子は部屋から出る。

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